コラム

戸祭哲子:国際学会10th Moisa Meeting: The ‘Revolution’ of the New Music に出席して

 2017年7月28〜30日の三日間、Moisa(モイサ、International Society for the Study of Greek and Roman Music and Its Cultural Heritage)の年次大会が英国オックスフォード大学ジーザス・コレッジにて開催された。今年創立十周年を迎えたこの学会は、古代ギリシア・ローマ音楽研究を活性化させ、各国の研究者のネットワーク確立を目指して発足したものである。本年のテーマは、紀元前五世紀後半に主にアテネで発展した音楽、いわゆる「新音楽」である。この分野の研究者や博士課程の学生らが参加し、活発な意見交換を行った。計17名が研究発表を行った。

 古代ギリシア・ローマ音楽の研究は、近年これまでにない広がりを見せている。ギリシアにおける音楽についての議論をまとめ英訳したA.バーカーの Greek Music Writings (1984, 1989)、ギリシア音楽の言説を網羅したM.L.ウエストの Ancient Greek Music (1992)、E.ペールマンとM.L.ウエストによる断片楽譜分析の英訳改訂版 Documents of Ancient Greek Music (2001、初版1960) などにより、基礎文献が英語で読めるようになったことも要因の一つだろう。本大会は、現在の主な三つの研究動向を指し示した。まず、音楽の理論研究。次に、音楽の社会的役割を学際的視点から考察する研究。なかでもP.マリー、P.ウィルソン編 Music and the Muses: the Culture of ‘Mousikê’ in the Classical Athenian City (2004) は後学に非常に大きな影響を与え、本大会でも多く言及されていた。さらに、最新の研究に基づいて理論と実践を統合させようという試み。S.ハーゲルは Ancient Greek Music: A New Technical History (2009) にて史料を再検討し、当時の楽器を自ら復元して演奏を試みている が、この成果は大会二日目の演奏会で紹介された。

 大会は、オックスフォード大学ジーザス・コレッジ、A.ダンゴールの基調講演で始まった。ここでは主に、新音楽研究の概覧と、新音楽の「新しさ」は古いものを基盤として提起されていたことが指摘された。また、ムーシケー、つまり言葉を用いた創作活動そのものが本質的に新しさの創造と深く結びついていた、と氏は強調する。これに続く種々の論文発表では、ピンダロスにみるアウロスのミメーシスからローマにおける新音楽の受容に至るまで、実に幅広い時代に渡って新音楽が議論された。

 大会二日目には、アシュモリアン美術館にて、復元楽器による古代ギリシア音楽の演奏会が行われた。S.ハーゲルは自ら復元したキタラを弾きながらホメロスを朗誦。A.ダンゴール監修によるエウリピデス『オレステス』のコロス演唱(317-344)では、ヴィルトゥオーゾ的なフレーズが強調され、微分音も使用された。また、ティモテオスに特徴的な新音楽独特の言い回しでは(例:ϕεῦ μόχθων、δεινῶν πόνων)コロスが大げさに発音するなど、復元アウロスとともに臨場感溢れる演奏がなされた。

 さまざまな発表の中で個人的に最も興味深かったのは、T.リンチによる新音楽の斬新な解釈である。新音楽の特徴を示す作品(ティモテオス『ペルシア人』やフェレクラテスの『ケイロン』などの喜劇の断片)、新音楽に言及したあらゆる史料(Loeb Greek Lyrics V: The New School of Poetry and Anonymous Songs and Hymns参照)、そして古代ギリシア音楽理論(アリストクセノス等)を駆使して、新音楽の音楽的特徴を論証した。そして、ティモテオスがミクソリディア(通常アウロスの旋法)をキタラに用いたとすると、新音楽の音楽家が使用したキタラの弦の本数は12本ではなく13本ではなかったか、という新説を提起した。上述の古代ギリシア音楽の研究三領域を見事に統合させた議論であった。使用した史料がほとんど二次史料であることに限界を感じざるを得なかったが、リンチは、史料を丁寧に読み、点と点を合わせていくことで、「新音楽」を新しい視点から理解する可能性を示してくれた。

 「ムーシケー」が現代における「音楽」の定義をはるかに越えた幅広い言語活動を指していたことはよく知られている。しかし古代ギリシア・ローマ音楽研究というと、未だに限られた領域だと思われているかもしれない。今回の大会に参加して、この認識を改めて広く問い直す必要性があり、本学会がその一翼を担っていると感じた。今後もムーシケーの豊かさと深さを明らかにするような多角的な研究が期待される。

 なお、本大会の論文発表はすべて英語であったが、イタリア語での議論も行われた。この分野に興味のある学生は、イタリア語の習得も考慮に入れられた方がよいであろう。また、本大会の成果はMoisaの学術雑誌Greek and Roman Musical Studies に掲載される予定なので、各論文の詳細はそちらを参照されたい。

戸祭哲子(イースト・アングリア大学)