研究ノート
西塔由貴子:西洋古典における色彩表現の研究
「葡萄酒色の海」ってどんな色? 「薔薇色の指をした暁の女神」とは一体何のこと? ホメロス叙事詩を読みながら興味津々、不思議に思ったことが今の研究に取り組むきっかけです。遠い昔に語られたものとはいえ、ホメロス叙事詩には、「灰色(群青?)の目」「鮮やかな緋色の帯」「黒い死」などが登場し、実はとても色彩表現豊かな物語です。
こういった興味深い(妙な?)色彩表現に着目する私の研究は、ホメロスの作品を中心に、西洋古典に現れる[色][色彩修飾語]を精査・分類・整理し、詩句の文学的効果を考察することによって、詩人の創造性および「色彩」の象徴性や社会的役割を明らかにすることを大きな目的としています。とくに今後数年間は、色の認識を大きく左右する「光」と「輝き」に焦点を当て、光の表象や役割について独自の見解を提示したいと考えており、現在、科研費をいただいてその研究を進めています。
具体的には、作品に見られる「光」や「輝く」に関連する表現を抽出して分類・整理し、それらが文脈上どのように使用されているのか分析考察し、文学的効果や表象を探るとともに、現代の西欧文化・思想にも通底する色彩感覚に及ぼした影響とその文化的背景を明らかにすることによって、西洋古典における色彩感覚の深層に迫り、西洋古典ならびに西欧文化・思想の解釈に新たな局面を拓く契機とします。「陽の光りの如く純白に輝く」ドレスや、ゼウスを叙述する「白熱の雷光を揮う神」、武具をつけたアキレウスの両眼が「燃える火の如く輝く」、彼の楯から「月光にも似た光が輝き出す」、兜は「星の如く輝く」など、光や輝きを描写した表現は、ホメロスをはじめ西洋古典の作品に数多く登場します。先行研究においても、色の認識や定義は現代とは異なるものの、古代ギリシア人が光の陰影を認識していたという見解は多数あります。光や輝きといった明るい色合いにスポットライトを当てて、多方面に影響を及ぼす「光」「輝き」のさまざまな役割や効果を浮き彫りにし、文学に留まらない研究成果を導きます。
色彩表現に関わる研究は、人類がどのように色を知覚してきたのかというプロセスを理解するうえで大きな役割を果たすと同時に、日常生活の中で私たちが何気なく行う選択・決定そのものを左右する要因を探ることでもあります。次回海に行くとき、目の前に広がるのは「青い海」だろうか、そして今、自分が身につけている服の色は何色か、なぜ今日はその色の服を選んだのか考えてみませんか。
西塔由貴子(リバプール大学 Honorary Fellow)/2017.09.18