訳者からのメッセージ

高橋宏幸:『ウェルギリウス小品集』

 ウェルギリウス作として伝承された詩編からなる集成Appendix Vergilianaを邦訳して公刊した。

 集成をめぐって、まず大きな問題は、各詩編がウェルギリウスの真筆かどうかであり、真作でないことが明確ないくつかを別とすれば、喧しい議論は続いている。けれども、「訳者解説」に真贋問題は非生産的であるようなことを記した手前、立ち入ることはしない。

 そうであれば、個々の詩編について記すべきところとも思われるが、土地没収の不条理に対する怒りを直截に表現した『呪いの歌』、牧歌を舞台とした英雄叙事詩のパロディー『ブヨの歌』、哲学詩『アエトナ』、酒場兼宿屋を主題とするエピグラムの伝統を踏む『女将』、追悼の詩『マエケーナースに捧げるエレゲイア』、小叙事詩『キーリス』、案山子の神を題材とする『プリアーポスの歌』、これ自体が雑多な小詩16編からなる『カタレプトン』、農夫の昼弁当惣菜のレシピを歌う『モレートゥム』など、形式も内容もじつにさまざまで、ここで取り上げるには手にあまる。

 そこで、この記事を書くように誘ってくださった中務哲郎氏から『ブヨの歌』について「400行余りに神話や歴史のエピソード、さらには歌枕のような地名のてんこ盛り、とても細身のタレイアとは思えぬ濃厚さ」という感想を寄せていただいたのに想を得て、邦題に取り入れた「小品」について、ほんの少し述べようと思う。

 アレクサンドリア図書館の司書でもあった学者詩人カッリマコスが小さな詩を唱道したとき、ホメーロスの叙事詩のような大作を緊密な構成のもとにまとめ上げることは真の天才でなければできないから、図体が大きいだけで凡庸な詩ではなく、小さな器に彫琢をきわめた詩を勧めたとされる。そして、大きな詩が書けないという訴えは「辞退」の形式として小さな詩にはつきものになった。

 「辞退」は、大きな詩を求める依頼ないし要請を断る点で消極的な姿勢を思わせるが、同時に小さな詩を自身の選択として表明する点で積極的な含意があり、そこにある種の逆説が見られる。ここでふと思うのは、そもそも「大」と「小」のあいだに、もう一つの逆説が内在しているのではないかということである。

 大は小を兼ねる、という。「大」は「小」の代わりができるが、「小」に「大」の代わりはできない、小さい入れ物では、それより大きなものは入らない、という理屈で、なるほどと思う。けれども、それは現実世界で確固とした形あるものについての話で、文学の世界ではまた様子が違うように思われる。と言っても、帽子の中からありとあらゆるものが飛び出してくる奇術にも似たおとぎ話やファンタジーを話題にするわけではない。

 ホメーロスの英雄叙事詩が「大」だとすると、ヘーシオドスの教訓叙事詩は「小」と捉えられた。ところが、『イーリアス』が語るのは50日間の出来事であるのに対し、『神統記』には神々の系譜、つまり、永遠の存在がその原初から取り込まれている。ここには、行数という物理的な大小は、そこに盛られる時間的な大小とは相関しないことが見て取れる。しかし、もちろん、『イーリアス』でも、人間と神々の対比が物語世界の枠組を形作っているから、そこに永遠の相を備えている。加えて、千行あまりの『神統記』に対して、『イーリアス』第18歌で、その面に宇宙を描き出すアキッレースの盾の描写は130行たらずで、こちらのほうがさらに小さな窓から久遠の世界を見渡していると言える。

 「結末へ急ぎ、出来事の核心へ」向かうと、この「小さな窓」が「小さな詩」の核心だと思う。そこから、それぞれの文脈に、それとは多かれ少なかれ異なる要素を取り込むことで、作品に広がりと奥行きを加えるような表現手法である。そうした手法のうち、盾の描写のようなエクプラシス、登場人物による物語などはホメーロスからすでに見られる一方、ヘレニズム文学は引喩(allusion)を多用した。「窓」は単語であったり、詩句であったり、場面であったりしながら、そこから先行作品が表現したものがのぞき見られる。そうして取り込まれるものは、先行作品の当該表現にも「窓」が組み込まれていると、さらに視野を広げ、深める。ときに、その深さは墓穴を掘っているようにも見えるものの、「小」が「大」を包摂している逆説がそこにあるのは間違いないように思える。

 蛇足を加えると、こうした「繊細な」表現手法を墓穴に埋めないようにするのは、詩作を著わす側と読む側双方の文学伝統への親密さだと思う。『ウェルギリウス小品集』の詩編それぞれの作者が誰であったにせよ、そうした親密な輪を十分に享受していたと思われる一方、その輪に自分も加わり、できれば、これを広げることに与りたい、と願っている。

高橋宏幸(京都大学名誉教授)

書誌情報:
高橋宏幸訳『ウェルギリウス小品集』(講談社学術文庫、2025年4月)