訳者からのメッセージ

高橋宏幸:シーリウス・イタリクス『ポエニー戦争の歌1,2』

 この春、3月と5月にシーリウス・イタリクスによる歴史叙事詩の訳書全2冊を刊行することができた。これまで、それなりにいろいろと翻訳を手がけてきたが、作品の理解に手ごたえを得てから取り組むというより、まず訳してみて、それを足場として理解を深めていくということのほうが多かったように思う。そうした過程で、ちょうど折よく研究者のあいだで作品への関心の高まりや新しい見方の提起が出てくることも何度かあり、そのときは幸運だと感じた。今度の場合もそれに該当する。じつは、シーリウス・イタリクスを研究課題として2024年度まで科学研究費を受給中で、研究計画には邦訳を研究遂行の基盤として挙げていた。その一方、ここ10数年、フラーウィウス朝期叙事詩全般を含めてシーリウス・イタリクスの註釈書、研究書が相次いで刊行され、少なくとも、関心の高まりには目覚ましいものがある。

 とはいえ、依然として作品の評価はさして上がらないままであるようにも見える。そうした芳しくない評価の一因をなすものに、シーリウスが「詩人として凡庸」と解されるような小プリーニウスの書簡に記された評言がある。以下には、この評言について思うところを記してみたい。

 その原文はscribebat carmina maiore cura quam ingenio (Plin. Ep. 3. 7. 5) で、「ingeniumよりcuraが大きい詩を書いた」ということになる。第1分冊の「付録」では「書いたのは詩歌です。才能より丹念さがまさって」と、一般的な理解に従って訳出した。ちなみに、國原吉之助先生は「才能よりも、努力で詩を書きました」と訳されている。けれども、ingeniumもcuraも語義の幅がきわめて広い語であるので、それでよいかどうか考えてみる余地がある。前者は、「もって生まれたもの」という語感を与える語形から、「性格、心ばえ」、「資質」、「才能」、「天才」、「詩才」などを、後者は「心配り」から一方で「気遣い」、「注意」、「専心」、「世話」、「保全」、他方で「懸念」、「憂慮」、「不安」、「懊悩」、「恋情」などを意味する。そこで、プリーニウスの評言をただちに「天賦の才能」とそれを欠くがゆえの「努力」とを対置させたものと見てよいかどうか必ずしもはっきりしない。

 興味深いのは、これら二つの語がどちらも『ポエニー戦争の歌』の展開に重要な意味を担って使われていることである。

 第1歌冒頭、55行までにポエニー戦争の原因がユーノーの怒りにあり、この怒りを第二次戦役で体現するのがハンニバルであることが示されたあと、このローマにとっての疫病神について「行動に逸りながら、信義をないがしろにする性格、奸智に長けながら、正道をはずれる、それがこの男」(1. 56-57)と語られる。原文は「性格」がingeniumで「それがこの男 (is)」とともに行頭に置かれ、災いの元凶としてハンニバルの悪しき性格を強調するような表現となっている。

 この「性格」は彼の指揮下の将兵にも浸透し、サグントゥム陥落からアルプス越え、イタリア侵入後も戦勝を重ねてカンナエでの大勝利に至った。ところが、カプア逗留が最初の躓きとなり、「心地よく温めた湯でうつらうつらしながら体をいたわり、不幸な幸せが峻厳な武勇を骨抜きにした。指揮官もまた、それとは知らずクピードーの息を浴び、・・・少しずつ厳しさが消え、父祖伝来の規律を捨ててゆく。見えない矢が心を蝕んでいたのだ。・・・恵まれた武運には損なわれなかった心ばえが悪徳の誘惑に揺さぶられた」(11. 418-420, 422-423, 425-426)と語られる。ここでの「心ばえ」が原文ではingeniumで、それが損なわれたことが大きな転機となったことを表現している。このあとハンニバルはイタリアに居座り続け、ローマの城壁近くまで迫ったこともあったものの、目覚ましい戦果を上げることはなかった。

 curaについてはすでに別のところで詳述した(『フィロロギカ』17 (2022), 15-26)。要点は次のとおり。まず第15歌冒頭、ヒスパーニア戦線をめぐって、元老院はスキーピオーを指揮官とすることについて若さに「懸念 (cura 15. 1)」を抱き、スキーピオー自身にも「そのような思い (has curas 15. 18 f.)」があった。だが、いったん指揮権を得ると、たちまち難攻不落と思われたカルターゴー・ノウァを攻略し、それを祝う宴席では誰もが「もう憂いなし (uacui curis 15. 272)」と言われる。そうして一つの懸案が解消したあと、アフリカ侵攻をめぐって、その成功のためにシュパークス王を味方に引き入れることについてスキーピオーが「第一に考えた最重要懸案 (prima ... maxima cura 16. 246-247)」と言われ、ヒスパーニアから凱旋したスキーピオーに侵攻の最高権限を与えようとして人々は「どんな懸案にも注がぬ (nec ... curis ullis 16. 595)」ほどの熱意を見せた。侵攻の前にはカルターゴーが「憂いなく (secura 16. 683, 693)」と言われたのに対し、征服後には凱旋したスキーピオーについて「憂いなく (securus 17. 627)」と言われた。加えて、ヒスパーニア平定後に催された戦没者への法要競技祭の最後にスキーピオーの投げた槍が「より大きな目標 (ad maiora 16. 590)」への予兆となることから、アフリカ侵攻の「懸案」としての大きさと、翻って、ヒスパーニア平定について元老院が抱いた「懸念」の小ささとの対比が含意されていると考えられた。

 こうして見ると、イタリアを蹂躙したハンニバルのingeniumが最後にはスキーピオーのcura maiorの前に屈したのが戦争の展開であったと言って、ひょっとすると言い過ぎでもないような気がする。そうすると、「ingeniumよりcuraが大きい」というプリーニウスの評言はこの展開を言い当てているかのように見えてくる。これはまったくの偶然、あるいは、筆者のほとんど妄想に近いものだろうか。じつは、この評言に「才能より丹念さがまさって」という訳を当ててから、訳語のほうばかり頭に残って、ここで使われているのがcuraではなく、diligentiaだという妙な勘違いをずっとしていた。ただ、勘違いにも理由がないわけではなく、「入念」、「用意周到」、「勤勉」、「精励」などを意味するdiligentiaのほうが文脈によりよく適合するように思えるし、ingeniumと対をなす用例もキケローなどにいくつか拾えるということがある。では、プリーニウスはここで意図的に── diligentiaではなく、あえて── curaを使ったのか。そうであるなら、妄想にも極小の面白みが湧いてくるかもしれないが、確かなことはなにも言えない。しかし、プリーニウスが言葉を選んで執筆していることは間違いなく、それに劣らずシーリウスもラテン詩中最長の叙事詩の隅々まで入念に言葉を選んだことも確かであるように思う。

高橋宏幸(京都大学名誉教授)

書誌情報:
高橋宏幸訳、シーリウス・イタリクス『ポエニー戦争の歌1』(京都大学学術出版会 西洋古典叢書、2023年3月)
高橋宏幸訳、シーリウス・イタリクス『ポエニー戦争の歌2』(京都大学学術出版会 西洋古典叢書、2023年5月)