著者からのメッセージ
葛西康徳・ヴァネッサ・カッツアート(編)『古典の挑戦―古代ギリシア・ローマ研究ナビ』
このほど、共編で一種の西洋古典学の入門書を知泉書館より刊行した。相当なボリューム(菊版570頁)のわりには価格を抑え(本体5000円)、またYouTubeに取り上げられたこともあり、発売1か月にして増刷することとなった。これも学会の皆様はじめ、広くClassicsに興味を持つ読者のサポートによるところが大きいと思われる。編者の一人として、心よりお礼申し上げたい。
この本は、TOPS(Tokyo Oxford Programme of Summer)と呼ばれる一種のサマー・スクールの教科書として書かれた。外国人執筆者のほとんどは、このTOPSの授業担当者である。TOPSは2012年に東京大学「体験活動プログラム」の一つとして始まり、毎年8月に4週間、オックスフォード大学(クライスト・チャーチおよびベイリオル・コレッジ、古典センターなど)を中心に実施される。参加者は東京大学(全学)、青山学院大学(法学部)、立教大学(法学部)を中心に他大学、院生および教員を含め総勢約50名。さらに、2017年からは約20名の高校生も(前半2週間)参加している。「まえがき」冒頭に読者として「高校生(以上)」を想定していると書いたのは、この経験に基づく。ClassicsとCommon Lawを教えるTOPSでの経験の中で最も驚いたのは、高校生と大学生の間に(個人差以外の)、有意味な差が無いということである。これは高校生に期待を持たせる一方で、インターンシップに明け暮れる大学生および学士教育に深刻な問題を突き付けている。尚、2020年度は、新型コロナの影響でやむなく中止したが、2021年度は、オンラインで開催予定。関心のある方は、葛西までメールでご連絡下さい(yasunori.kasai@hotmail.co.jp)。
本書の刊行の理由にはもう一つある。「西洋古典学の入門書は何がいいですか?」と学生から尋ねられた経験のある本学会のメンバーは少なくないであろう。また、現在そのような疑問をもっている方もおられると思う。我国には、文法書はじめ、古典作家・作品(特に韻文)、古代史、古代哲学等の入門書・概説書が数多く存在する。そして、古典作家の全集や主要作品が翻訳で提供され(続け)ている。これが、Classicsが日本で普及(diffused)し、馴化され(domesticated)、帰化して(naturalised)、「西洋古典学」になった証しである。
本書全20章のうち、1章(近東文学)、3章(踊る合唱隊)、7章(文献学(実例))、8章(パピルス学)、9章(壺絵解釈)、11章(初期ラテン文学)、12章(ギリシア演劇の日本への受容)、13章(イソップの近代日本受容)などは、我国では西洋古典学の入門書としてはこれまであまり取り上げられなかった分野である。それ以外の章も、従来の入門書に対して何らかの貢献があるのではないかと期待しているが、読者のご批判に俟つほかない。
できるだけ早い時期に第二版を刊行して、今回収録できなかった章を補充したいと考えている。我国の高校生をはじめとして多くの方が、本書を通じてClassicsのイメージを少しでも獲得することができれば、編者として望外の幸せである。最後になるが、出版をお引き受けいただいた知泉書館には、この場を借りて重ねてお礼申し上げたい。西洋古典学会の古くからのメンバーの中にはご存じの方もおられると思うが、この出版社はかの「創文社」を引き継いでいる。西洋古典学会の機関誌を岩波書店が担っているように、かつて創文社は法制史学会の機関誌を担ってきた。本書にギリシア法とローマ法の章を入れたのは、編者の個人的な思い入れ以上のものがあることをご理解いただければ幸いである。
葛西康徳(東京大学)