訳者からのメッセージ

土屋睦廣:カルキディウス『プラトン「ティマイオス」註解』

 私がカルキディウスの原典に初めて接したときから、まもなく30年になろうとしています。カルキディウスに関しては、現存する著作である『ティマイオス』の前半部分のラテン語訳とそれに対応する註解の著者であること以外には、確かなことは何も知られていません。それでも長年研究していると、次第に愛着も湧いてきますし、カルキディウスという人物もなんとなくわかった気分になってくるのは不思議なものです。おそらくこれは一種の幻想に違いありません。それでも、古代末期という困難な時代において、古典の学問の伝統とプラトンを頂点とするギリシア哲学のすばらしさを、ギリシア語が読めなくなった同時代の知識人に、さらには後世の人たちに伝えようとしたカルキディウスの熱意と努力を、私は彼の著作から感じずにはいられません。本訳書がきっかけとなって、カルキディウスに関心を持ってくださる方が少しでも増えれば、訳者として何よりの喜びです。以下、私事にわたり恐縮ですが、私のカルキディウスとのかかわりと、この翻訳が完成するまでの経緯を、簡単に述べさせていただきます。

 私は卒論も修論も『ティマイオス』をテーマにしていたので、カルキディウスの名前だけは学部のころから知っていましたが、こうしてカルキディウスの翻訳を出版するようになろうとは、当時は夢にも思いませんでした。私が初めてカルキディウスの原典を読んだのは、当時、私が在籍していた早稲田大学大学院に教えに来られていた筑波大学の野町啓先生の授業でした。私が博士課程に進学した1990年のことでした。ヴァスジンクの校訂版を用いて講読の授業が始まりました。実質上、学生は私ひとりで、当時は現代語訳もなく、私の拙い語学力では相当な苦労をしました(初の現代語訳は2003年の伊訳で、以後2011年に仏訳、2016年に英訳が出版される)。ヴァスジンクの詳細な脚註(これもラテン語で、ギリシア語の参照文献が頻繁に引用されている)も全部読むことになっていて、これもまた厄介でしたが、とても勉強になりました。野町先生が早稲田の授業をおやめになってからは、慶應大学の中川純男先生の研究室に場を移して、カルキディウスの講読が継続されました。この読書会でも、私がまずテクストと脚註を和訳し、メンバーの諸先生方、諸先輩方からご指摘をいただくというのが慣例でした。月1回あるかないかの遅々としたペースでしたが、この会は2010年4月に中川先生が急逝される直前まで、14年間にわたり続けられました。4~6人ほどの小さな会で、メンバーも幾度か入れ替わりがありましたが、野町・中川両先生以外では、石井雅之さんが最後までお付き合いくださいました。読書会が解散となった時点で、註解全体の8割5分ほどを読み終えていたと思います。その後、内山勝利先生のご紹介で西洋古典叢書の一書として翻訳を刊行していただけることになったのが2015年の5月でした。一応の和訳と訳註のもとになるノートはできていたのですが、日本語としては読めたものではない昔の訳を、新たに出版された現代語訳や註釈を参照しつつ手直しする作業は思いのほか時間がかかってしまい、翻訳原稿が完成したのは2018年1月でした。その間、本訳書を一番に見ていただきたかった野町先生が2017年にお亡くなりになったことは、訳者にとって痛恨事でした。私をカルキディウス研究へと導いてくださった野町先生、長年にわたり読書会を開いてくださった中川先生、両先生にこの拙い訳書を捧げたいと思います。

土屋睦廣(日本大学)

書誌情報:土屋睦廣訳、カルキディウス『プラトン「ティマイオス」註解』(京都大学学術出版会西洋古典叢書、2019年11月)