訳者からのメッセージ
伊藤照夫:プルタルコス『モラリア4』
プルタルコス『モラリア』の全訳が本書でもって完結しました。多数の訳者による、長期にわたった仕事の結実と申せましょうが、果たして本書が掉尾を飾るにふさわしいかどうかは、担当者自身もつい疑ってしまいたくなります。要するに収載されたエッセイの質が問題なのです。質と言ってしまうと多少の語弊もありましょうけれども、私が全一四冊の中で担当させてもらった他の二冊(9と10)に比べても、やはり飽き足らぬ思いを抱きつつ翻訳に取り組んでいたというのが正直なところでした。おそらく真作ではないはずの「ギリシア・ローマ対比史話集」を除外しても、その前後に配されたプルタルコス自身の私的な資料集か備忘録めいた冒頭の二篇と、大向こうをうならせようとする外連味さえ感じられる後半の演示用弁論三篇とではなかなか気乗りがしてこなかったのです。しかし、物は考えようというのも本当でした。
あれほど厖大な作品を遺していながら、作者プルタルコスの人物像のようなものがどうしても明瞭に私たちに現われてこないように思われるのです。その点からすれば、深読みのご批判は覚悟の上で、たとえば「ローマ習俗問答」では、ローマ人の日常的な習俗のアイティアに問いを提起しておいて、ギリシア人の感覚で答えを探そうとする姿勢に仄かに見えてくるのは、ローマ文化に対するギリシア人プルタルコスの優越感ではないでしょうか。さらには、おそらくローマ人聴衆へ語ったはずの「ローマ人の運について」と「アレクサンドロスの運または徳について」にも、ローマ帝国というよりローマ人の支配体制に対するギリシア人プルタルコスの複雑な心境の一端を覗き見ることができそうに思えてきたのです。いささか手前味噌になってきて恐縮ですが、このようなことに気がついてきますと、本書もまんざら捨てたものではないと認識を新たにして翻訳に取り組んだものでした。
伊藤照夫(京都産業大学名誉教授)