著者からのメッセージ

内田次信・戸高和弘・渡辺浩司:ルキアノス『偽預言者アレクサンドロス──全集4』

古くて新しいルキアノス

 今年(2013年)はロシアの作曲家ストラヴィンスキーのバレエ《春の祭典》が上演されて100年目にあたる。《春の祭典》は1913年5月29日にロシアバレエ団によってパリで初演された。この初演は客席からの嘲笑や罵声で演奏もままならないほどであったが、《春の祭典》は今日現代音楽の古典としてクラシック音楽のスタンダードになっている。《春の祭典》は、変拍子や不協和音の多用など現代音楽の特徴を有するが、実はロシアの民俗的な音楽をふんだんに取り入れている。ストラヴィンスキー自身は生前《春の祭典》にロシアの民俗音楽を取り入れていることを語ろうとはしなかったが、《春の祭典》が示しているのは、ローカルなものゆえにグローバルになりえる、民俗的なものゆえにインターナショナルなものになりえる、周辺的なものゆえに中心的なものになりえるという芸術作品のもつ力であろう。

 ルキアノス(125頃〜195年頃)は、ローマ帝政期のギリシア語作家である。ルキアノスはローマ帝国の東端シュリア(シリア)の出身ということもあるのか、周辺的なもの、ローカルなもの、民俗的なものをふんだんに取り込んだ。『メニッポス』の主人公であるメニッポスはシュリア出身の哲学者であり、『偽預言者アレクサンドロス』の主人公は黒海南岸出身の新興宗教の教祖で、『アナカルシス』の登場人物であるアナカルシスはスキュティア出身の賢人である。これらの作品の中では、辺境の地の出身者がギリシア文明・ローマ文明に衝突しギリシア人やローマ人に影響を与える様が描かれている。そしてその衝突の中で、主人公の言動もその周りの人々の言動も相対化され、笑いの対象とされている。

 こうした作品によってルキアノスは「古代のヴォルテール」とも称されるようになった。月旅行を語るSF『本当の話』など後世への影響多大である。

 20世紀と2世紀、ロシアとシリア、音楽と文学、時代も地域もジャンルも異なるが、ストラヴィンスキーの音楽とルキアノスの文学には同じような芸術の力があるのだろう。

 ルキアノスの小説は、実は現代芸術の理解にもつながるのである。

渡辺浩司(大阪大学)

書誌情報:内田次信・戸高和弘・渡辺浩司 訳、ルキアノス『偽預言者アレクサンドロス──全集4』(京都大学学術出版会西洋古典叢書、2013年2月)