著者からのメッセージ

西村賀子:ホメロス『オデュッセイア』―〈戦争〉を後にした英雄の歌

 「書物誕生 あたらしい古典入門」叢書の一冊として『オデュッセイア』について執筆させていただく機会を頂戴した。副題は水林章『『カンディード』―〈戦争〉を前にした青年』に倣った。詳細は本書に譲るが、平和に向かって一歩踏み出す主人公というような意味合いを込めたつもりである。

 作品の紹介のほか、受容史にも触れる必要があったので、『オデュッセイア』の読まれ方をかなり調べた。その過程で、ジェイムズ・ジョイスのオデュッセウス観とデレク・ウォルコットの考えに影響を受けたのかもしれない。『オデュッセイア』には求婚者殺害のような暴力的場面もあるが、平和こそ主人公の真の望みであったという解釈が執筆過程で次第に強くなっていった。「あまりにも20世紀的な読みだ」と言えるならばまだしも、学問的には雑駁である。そんな読みを世に問うのはためらわれたが、思い切るしかなかった。

 『オデュッセイア』を初めて読んだとき、アテナの登場で唐突に幕切れとなるのが不思議で、もの足りなささえ感じた。本書は、詩篇終幕へのささやかな自問自答である。主人公の最初の一歩の「次」は、後世を生きる者たちに託されているのだろうか。読者諸賢のご批判を仰ぐ次第である。

西村 賀子(和歌山県立医科大学)

書誌情報:西村賀子『ホメロス『オデュッセイア』―〈戦争〉を後にした英雄の歌』(岩波書店 2012年)