古典学エッセイ

小川洋子:『植物誌』の「アコニートン」はトリカブトか、ヒヨスか

 『植物誌』の9.16.4-5にでてくる医薬用植物の「アコニートンἀκόνιτον」の語義として、辞書では、LSJはトリカブト属のAconitum anthoraを、Baillyは「有毒植物」を挙げる。『植物誌』関連書は、1916年のロウブ版ホート訳のAconitum anthoraをはじめとして、一般に「トリカブト」と訳されている。また、ラテン語文献に見られる音訳「aconitumアコニートゥム」はラテン語辞書LSではギリシア語のἀκόνιτονと同義の有毒植物と記し、トリカブト属の総称として用いられる英名を枚挙する。また、近代以来、aconitumは学名としてトリカブトAconitum属の属名として採用されたこともあって、aconite(英)、 aconit(仏)と音訳され、トリカブトの仲間と同定されることが多い。しかし、1994年、ビュデ版訳者のアミグが、『植物誌』前掲箇所に記された「アコニートン」はヒヨス属の植物であるとの新説を出したので(Cf. Amigues 2002,pp.161-176)、検討してみたい。

 『植物誌』の第9巻にはよく知られる致死的な猛毒植物として、「ヘレボロス」[クリスマスローズ諸種とバイケイソウ]、「ストリュクノス」[シロバナチョウセンアサガオ]、ドクニンジンなどがでてくる。ところが、「アコニートン」の初出の9.16.4-5,7までにヒヨス(ヒヨスキュアモス)は挙げられていない。ヒヨスは猛毒があるとクセノポンが記しており(『家政術』1.13)、ギリシアに広く分布する種だから、挙げられていないのは奇妙なことである。そこで、1994年、アミグは『植物誌』に見られる特徴を再検討した結果、前掲箇所に見られる「アコニートン」はヒヨスにあたると主張したのである。同定するうえで問題とされる生育地、形態学的特徴、薬効と解毒、利用法などについて検討してみたい。

1.生育地

 まず、古代ギリシアの気候は現在とほぼ変わらないと諸家の見解が一致しているので、生育地が現在と似ていたことを前提として、分布について考えてみよう。

 『植物誌』には、「アコニートン」はエーゲ海の「クレタ島やザキュントス島にも生えているが、最も豊富に最も見事に生えているのはポントスのへラクレイア」であり、マリアンデュノイ人の村であるアコナイにちなんで名付けられていると記されている。また、「アコナイだけでなく、何処にでも生える」もので、「岩の多い土地を好む」とも記されている(9.16.4)。

 先ず、アコニートンの語源にはアコナイという産地名に因むとする説と、「[格闘技で]埃まみれにならない[=勝つ]」ことを意味する「アコニーティἀκονιτί」に因み、猛毒で解毒剤もないことを示すのだと解する説がある。プリニウス(プリニウス『博物誌』27.10)も、鉄の刃を研ぐ砥石(アコネー)同様、はげしい殺傷能力があるためとし、毒性と結びつけている。しかし、テオプラストスをはじめ、地名のアコナイに関連を見る証言が多い(プリニウス、前経書4.4、27.10、アテナイオス『食卓の賢人たち』85b)。ちなみに、アコナイはポントスのヘラクレイアの少し内陸、すなわち、黒海の周辺の地方に当たるとされ、そこは現在もトリカブトが生育している地方である。

 現在の分布を見ると、トリカブト属は300種がヨーロッパから中国にかけて温帯の寒冷地に分布している。ところが、バルカン半島では、黄色い花をつけるA. anthoraなど数種がユーゴスラビア、アルバニア、ブルガリアなどに分布し、青、あるいは紫系の花をつける数種がユーゴスラビアやブルガリアに分布するが、ギリシアに分布するとされるのはA. lamarckiiだけ、それも疑問符付きである。ギリシアの植物を扱う図鑑には通常Aconitum属は掲載されておらず、ホートが同定するA. anthoraも分布していない。とすると、テオプラストスが「[ギリシアの]何処にでも生えている」という種はトリカブトではないということになる。

 一方、ヒヨスの諸種のうち、花が淡黄色で首が暗紫色のHyoscyamus. albusはギリシア本土に、花は紫の脈が目立つ黄白色で、首が暗紫色のH. nigerは地中海一帯に、また黄金色で、首が濃い紫色をしたH. aureusは地中海地方、とくにクレタ島とロドス島に分布する(Polunin,p.408)。しかも、「荒地や路傍、岩石の分壊層」(Papimitoglou,p.172)に成育するという。この特徴は「特に岩の多い場所を好む」という『植物誌』の記載(9.16.4)に符合する。これに対して、トリカブトは北半球の温帯以北の林縁や林、草原の湿った日陰を好んで生育するので(世界有用植物大事典、Aconitumの項、Ency.med.,p.158)、符合しない。テオプラストスのいう「アコニートン」の分布域や生育地は、ヒヨスに適合する。

2.形態的特徴

 「アコニートン」の形態については、『植物誌』では、葉はチコリに似るとされる。チコリは「しばしば裂葉」なので、丸みがあり、鋸歯のある浅裂葉のヒヨスには似ているが、トリカブトの深裂葉には似ない。また、根は「小エビに似る」とされる。これは、ヒヨスの根が白く、少し赤紫を帯びた色がさし、ショウガに似るとも言われるのに符合するが、トリカブトの「根は暗褐色で、三角錐状の塊根で、秋には脇に子根を持つ」(中井、34-35頁)ので、まったく似ていない。果実は「穀物に少し似ているが、穂状でない」とされる。これは、ヒヨスの種子が褐色で角があり、ムギの穎果に似ているともいえること、またその蒴果は茎に沿って総状に並んでつくが、穂状ではないことが、『植物誌』の記載に符合する。一方、トリカブトの果実は3から5ずつの袋果を房状につけるので、まったく様相が異なる。このように、テオプラストスが記した形態的な特徴はすべてトリカブトでなく、ヒヨスを連想させる。

3.薬効

 天然物由来の有機化合物にはアルカロイドという中枢神経や自律神経に作用する激しい毒性をもつものがある。アルカロイドは「アルカリに似た化合物」と言う意味で、植物だけでなく動物にも含まれる有害物質である。これは、医薬や染料、嗜好料として使われ、生活に深く関わっているものも多い。古代には植物そのものを利用したが、現在は成分だけを単離して利用している。とくに第9巻では薬剤としての利用について重要な記述がみられる。

 アルカロイドには何種かあり、トリカブトに含まれるのは、強毒性のアコニチン系アルカロイドの「アコニチン」である。ヒヨスに含まれるのはヒヨスチアミンとスコポラミンで、これらやナス科のチョウセンアサガオやベラドンナに含まれるアルカロイド、コカ科のコカから採るコカインなどはトロパン系アルカロイドと総称されるもので、中枢神経に作用する猛毒である。毒性・薬効について、『植物誌』の「アコニートン」がヒヨスとトリカブトのどちらに近いかを検討したい。

 『植物誌』では、「アコニートン」は「根には致死的な効力があるが、葉や実には全く効力がない」という。これに対して、古代のプリニウスやディオスコリデスなどは、ヒヨスは葉も実も根も医薬用に用いると記す。現在も医薬用植物として、根以外に葉や種子が薬用される (Ibid., p.219)。利用部位の点については、『植物誌』の記載とは一致しない。しかし、遠方から輸入されてきた商品としてのトリカブトは根だけだったのかもしれないと思われる。というのも、現在も、トリカブトに含まれる猛毒のアルカロイド、アコニチンは花や、葉、茎にも含まれるが、利用されるのは根である。とくに塊根の部分にアルカロイドが多いからだと言う(Ency.med., p.158)。根[母根]には一年たつと子根がつく。漢方では母根を「烏頭」、子根を「附子」と呼び、日本でも古くから使われてきたので、よく知られているが、慎重に使わないと命の危険を伴うものとして慎重に用いられてきた。先年、夫が妻を毒殺した保険金殺人事件では、トリカブトの根から抽出した毒を用いたことが喧伝されたのも記憶に新しい。このトリカブトの毒性は吸収されやすく、すさまじい勢いで全身を駆け巡って悶死させる。毒作用は、呼吸中枢麻痺、心伝導障害の惹起、循環系の麻痺・知覚および運動神経の麻痺などを起こすからである(船山、32、260)。それもごく微量でも深刻な症状に陥り、成人でも1ミリグラムほどで死に、体重1キログラム当たり0.12ミリグラムで半数が死ぬというほどの猛毒なので、矢毒に用いられる種もある。また、トリカブトは最も速効性がある毒として知られる。

 ところが、『植物誌』の「アコニートン」は、「調剤がむずかしいが、一定の期間、例えば二か月、三か月、半年、一年、ある場合には二年で死ぬように調合できるのだそうだ」と言う。とすると、速効性でないのでトリカブトではない。

 一方、ヒヨスに含まれるヒヨスチアミンとスコポラミンには中枢神経に作用する毒性がある。少量なら鎮静・鎮痛・鎮痙効果があるが、大量に与えると、前者は錯乱、幻覚、昏睡、呼吸障害を起こし死に至らせ、後者は鎮静、導眠作用を及ぼすので、麻酔剤に使われもするが、呼吸抑制作用が強まり、無感覚で苦しまない死をもたらす。医薬としては、前者は鎮痛剤・鎮痙剤、後者は催眠薬・麻酔薬や乗り物酔い薬として用いられる。クセノポンが「それ[ヒヨスキュアモス]を食べると狂気に陥る」と書いているのはまさに、大量に投与すると精神錯乱し、呼吸障害に陥るヒヨスの特徴を示している。これに対して、トリカブトはヒヨスと違って、摂食しても錯乱することはない。

 ヒヨスの致死量は100mg以上で、普通は死ぬことはないとされ(和田、52-53頁)、トリカブトより毒性が激烈でない。ところが、ヒヨスは味がないので、殺人に使われた例も多い。19世紀末、アフリカの原住民が道路建設に来たフランスの調査隊に、毒を塗り付けたナツメヤシを食べさせて殺したが、逃げて生き残った人の伝えた中毒症状がヒヨス中毒に合致するのでヒヨスの毒だったと言われている。また、小説の話ではあるが、ハムレットの父親は耳にヒヨスをいれられて殺されたと言い、同様の用法が、すでに古代に知られていた。「ヒヨスは全草が危険で、種子の油を耳に注ぐと脳を狂わせる」とプリニウスが言っているのである(『博物誌』25.36)。また1900年に、イギリスでヒヨスに含まれる成分のスコポラミン製剤を妻に大量に与えて殺した夫が、死刑に処せられた事件もあった(Dauncey&Larsson,138)。これらの例は、『植物誌』に「飲んでも[味に違和感がなく、…[死ぬまでの]期間が長引く」(9.16.5)場合があると言う、9.16.4の「アコニートン」の特徴に合致する。しかし、迅速に効き目が表れ、悶死するトリカブトの中毒症状には合わない。つまり、薬効の点でも『植物誌』に記される「アコニートン」はトリカブトよりヒヨスに類似する。

 ただし、ローマ時代には支配領域が広がり、黒海以北やアルプス以北のヨーロッパなどからトリカブトがもたらされていたはずである。また、ディオスコリデスが「イタリアのヴェスチニという丘陵地にもある」(『薬物誌』4.77)と記しており、イタリアにもあったらしい。プリニウスやディオスコリデスにトリカブトが出てきても不思議はないわけである。実際、彼らの記すaconitumのうちの一種はトリカブト属の一種に当たると認められている。

 では、テオプラストスが『植物誌』で、ヒヨスに言及する際に、「アコニートン」という名称を用いたのはなぜだろうか。これについては、ヴァティカン写本(Urbinus gr.61)の9.16.4-5の欄外に付された十五世紀の古註がその理由を説明するとアミグは言う。そこには、「クレタのイダ山に近い山麓に、『アコニートン』がある。それは低木状で、サンシュユのような丸い葉、実がキュウリの形をし、犬を殺すのに用いる…」と記されている。これは明らかに『植物誌』に記載される「アコニートン」と同種には見えない。むしろ、ディオスコリデス(4.80)が「アポキュノン(「犬殺し」の意)」と呼んだ植物に似ている。それは「セイヨウキヅタのような葉を持ち、豆の莢のような実をつける」と記されている種で、ガガイモ科のCionura errecta=カモメヅルCynanchum errectumと同定される種である。カモメヅルは、全草有毒で、強心配糖体を含むので、「犬殺し」という名称にふさわしい種で、医薬用には、根茎や根が強心剤や利尿剤、鎮痛剤などに利用されてきた。

 古註の「アコニートン」がカモメヅルだとすると、『植物誌』の「アコニートン」とは形態的には異なり、共通するのは動物を殺すほどの猛毒を含んでいることだけである。アミグはこの点に注目し、クレタの谷でカモメヅルを探したところ、それはクレタの古註に書かれているのと同じ状況の場所に、現在も生えているのを見つけ、しかも、現地ではそれが「アコニートン」と呼ばれていることを確認した。これは、「アコニートン」が「埃にまみれず、勝つもの」を意味するために、猛毒植物の総称として使われてきたことを示しているのだとアミグは言う。一方、「解毒剤は見つかっていない」という『植物誌』(9.16.4)の「アコニートン」は、「解毒剤にも勝つ猛毒植物」である。そこで、古註は、この植物に関連がある植物の例として、もう一つの同名の「猛毒植物」である「アコニートン」[カモメヅル]を欄外註として例示したのだとアミグは言うのである。

 ただし、「アコニートン」がヒヨスだとすると、『植物誌』に記されている「どの動物も食べない」(9.16.4)、あるいは「アコニートン」は「人間には有毒だが、ウズラの食餌となる」(伝アリストテレス『植物について』820b)という古代の記述や、砂漠のヒヨスの一種(Hyoscyamus muticum)はヒトコブラクダを太らせる(Amigues V,p.203,n.15)と言う事実と相いれないことになる。しかし、これらが、ヒヨスを「アコニートン」と呼んだ可能性を否定するだけの理由にはならない、古代は現在のように情報豊富な時代でなかったので、そこまで把握できなかっただけだというアミグの主張は妥当かと思われる。

 ギリシアにはヒヨスの諸種が分布する。古代にも、クセノポンの記述から知られるように、「ヒュオスキュアモス」と呼ばれたヒヨスが生育していたのだから、おそらく、テオプラストスの時代のアテナイでは周知の有毒植物だったはずである。にもかかわらず、テオプラストスもアリストテレスも「ヒヨスキュアモス」に言及していない。

 とすれば、ギリシアでは何処にもあって、周知の有毒植物だったはずのヒヨスをテオプラストスが挙げないのは不思議なことであり、ほかの名称で呼んでいたからだと思わせる。『アコニートン』が、猛毒植物を意味する用語として、十五世紀のクレタで使われていたことを示す古註があるとすると、そのような意味を持たせて、この呼称を外国事情に通じた人たちが使っていた可能性は否定できない。

 一方、『植物誌』に「ヘラクレイアで最も豊富に見事に成育する」と記されている「アコニートン」(9.16.4)は、内陸の高地の産の本来のトリカブトで、黒海沿岸のヘラクレイアで売られていたものだったと思われる。というのも、前4世紀半ばのヘラクレイアの僭主が大勢の人を「アコニートン」の毒杯を与えて殺したとアテナイオスが伝えているところからすると、ヘラクレイアではそれが周知の植物だった(『食卓の賢人たち』85b)。しかも、内陸はトリカブトの産地だから、そこから黒海沿岸のヘラクレイアにもたらされたトリカブトだったろうと思われる。なお、この僭主はテオプラストスと同時代の人だから、黒海地方からも学びに来ていた人が多いアテナイにそのような事件やトリカブト(「アコニートン」)の薬効に関する情報が入っていたことは十分に考えられる。トリカブトがヒヨス同様、猛毒植物であると知った人々が、二つの猛毒植物は同類だと思い、ヒヨスを新来の名称で「アコニートン」と呼んだ可能性は否定できないと思われる。「アコニートン」が「猛毒のもの[植物]」を意味するので、用語の使用にも抵抗がなかっただろうと思われる。

 テオプラストスが「ヒュオスキュアモス」の名を使わなかった決定的な理由は分からないままなのだが、少なくともテオプラストスが『植物誌』にその特徴を記した「アコニートン」は―ヘラクレイアのアコニートン」は別にして―上記の通り、生育地や、形態的な特徴、薬効の点から、ギリシアで一般的にみられるヒヨスを指している。一方、トリカブトについては、テオプラストス自身は、十分な情報がない中でなんらかの伝聞情報には接していたとしても、現物を確認していなかったのではないかと思われる。実見していれば、薬用に用いる根の色が白っぽい、ショウガのような形のヒヨスと、まっすぐ伸び、先の尖ったトリカブトの黒い根とを見間違えるはずがないからである。9.6.4に記された植物はヒヨスだったのに、彼が、あるいは当時の彼の周辺の人たちが「アコニートン」の一種と思い込み、そう呼んでいたことを示していると考えてよさそうである。

 確かに、古註が示す通り、「アコニートン」が猛毒植物の総称として十五世紀のクレタで使われていたとしても、それがいつから始まったのか分らない。また、テオプラストスがヒヨスを「アコニートン」と称しているとしても、前四世紀当時、「アコニートン」という名称が「猛毒植物の総称」として一般に定着していたか否かも分らない。アミグ説にもそのような弱点はある。しかし、ヒヨスがギリシアによく見られる有毒植物であるのにその名が『植物誌』に出てこず、ギリシアでは生育していなかったはずのトリカブトが出て来るのは奇妙なことである。そのうえ、『植物誌』9.16.4に記載されている「アコニートン」の諸特徴は、それがヒヨスであることを示しているのだから、テオプラストスがその特徴を記した「アコニートン」は従来同定されていたトリカブトではなく、ヒヨスであるとする主張が今後認められていくのではないかと思われる。

 このように、テオプラストスの記述を厳密に再検討してみると、従来同定されてきた種とは異なる植物と考えられる可能性が生じることがある。ことに、本稿で触れた「アコニートン」のように、古代の植物名の音と類似する名称で呼ばれる植物が現在も存在する場合には、同定に問題があるものも少なくない。「アコニートン」の例は、古代の植物の同定の難しさの一面に気づかせてくれると思われるのである。   2022.9.27.

小川洋子