古典学エッセイ

髙橋宏幸:表紙絵《ヒュラス》に寄せて

 ヒュラース(本稿では、長音を音引きで表記します)は無双の英雄ヘーラクレースの小姓となり、身の回りの世話をした美少年でした。日本ではギリシア神話に詳しい人にもあまり注意を引かない存在かもしれませんが、その挿話は古代、とくにヘレニズム期においてじつによく語られたようです。ウェルギリウスは『牧歌』6.43-44で言及するとともに「誰がヒュラースを語らなかったろうか」(『農耕詩』3.6)とも歌い、実際、テオクリトス『牧歌』第13歌、アポッローニオス『アルゴナウティカ』第1歌1207-1272行、アントーニーヌス・リーベラーリス『変身物語集』第26話(ニーカンドロス『変身物語』第2巻に語られたところの梗概)、プロペルティウス『詩集』第1巻第20歌に取り上げられて語られました。また、今回、ネット検索をして、近代にも「ヒュラースとニンフたち」という題材が欧米で多くの画家にインスピレーションを与えたことを知りました。

 物語は、ヘーラクレースがヒュラースをともなってアルゴー号の冒険に参加したときのことです。船がミューシア人の地に停泊したとき、ヒュラースは炊事などのために水を汲みに森の奥の泉に向かいましたが、泉にはニンフらが棲んでいて、彼の美しい姿を見るや、愛欲にとらわれ、あっという間に水の中へ引き込んでしまいました。ヘーラクレースは寵愛する小姓が戻らないので、ヒュラース、ヒュラースと森中に響く大声で呼びながら捜しましたが、見つかりません。ニンフらがヒュラースに応えさせなかったからです。そうしてヘーラクレースがいつまでも捜しているうちにアルゴー号は出発してしまいました。このため、ヘーラクレースは金羊毛皮のある黒海東岸の目的地コルキスまで行くことはありませんでした。

 さて、ヒュラースが泉へ向かったのは水を汲むためですから、当然のことながら、水を入れる瓶を携えてゆきました。そのことはテオクリトス『牧歌』13.39、アポッローニオス『アルゴナウティカ』1.1207、アントーニーヌス・リーベラーリス『変身物語集』26.3に記され、表紙絵にもそれがはっきりと描かれています。ところが、プロペルティウスには水瓶への言及がありません。これはどうしたことなのか不思議です。じつはこのヒュラースを題材としたプロペルティウスの詩は筆者が博士課程1年次研究報告(1981年度)で取り上げ、それを少しのちに論文として公表した(『西洋古典論集』2(1986))作品で懐かしいのですが、美少年ヒュラースの美しさに一つの焦点を当てていることに着目しました。ニンフらはヒュラースが現れるまで泉の中で歌舞を組んでいましたが、彼を見るや、ぴたりと動きを止めます。泉はまさに明鏡止水となったに相違なく、実際、ヒュラースは水面に映った自分の姿をじっと見つめます。そして「ついに手をおろして水を汲もうとします。右肩を支えにたっぷりと引き上げるつもりです。その輝く美しさがニンフらの心に火をつけました。いつもの歌舞を打ち捨てて驚き見入りながら、彼女らも引きました。少年はすんなり軽やかな水に滑るように迎えられました」(プロペルティウス『詩集』1.20.43-47)。ここには、ヒュラースが泉へ手をおろすと、その手が泉に映る鏡像と水面で交叉する、ニンフらの手が鏡像の手と重なりながらヒュラースを水中に引き込むような情景、そうして少年の体全体が没するとすべてが鏡の向こうに吸い込まれたようになにもかもが消え失せる、そんな場面が描かれている、というのが拙論の解釈でした。こう解釈すると、その当否はともかくも、この場面で詩人が水瓶に言及しなかったことが理解できるように思います。

 余談ですが、博士課程研究報告を出す前には予備発表をすることになっていて、そこへ来られていた今は故人となられた橋本隆夫さんがずいぶんと面白がってくださったのを覚えています。今から思うと、そうしたことで多少とも自信のようなものを得ていなかったら、古典の勉学を続けていたか分かりません。と言いますのも、博士1年次には9月半ばから3か月、エジプトのアコリス遺跡の発掘調査に完全なアルバイトで参加して、たまたま滞在中に当時のサダト大統領暗殺事件が起き、文学三昧とはまったく異質な現実世界の一端を間近で見聞してなにやら啓示のようなものを受けたような気もしていましたから、あらぬ方向へ、ひょっとするとそれこそミメーシスの鏡の向こうへなにか別のものを求めて消え失せていたかもしれないからです。

髙橋宏幸