コラム

勝又泰洋:イギリス小滞在記(3):カレッジ

 イギリスに来てから1週間ほど経ったある日のこと。もうすぐ昼の1時。私はコーパス・クリスティ・カレッジ(Corpus Christi College)の入口で今回の滞在の受入教員であるティム・ホイットマーシュ(Tim Whitmarsh)先生をお待ちしていた。緊張と興奮が入り混じっている。ローマ帝政期ギリシア文学研究における必読書、先生のGreek Literature and the Roman Empire: The Politics of Imitationを読んだのは学部3回生のときだった。いや、「読んだ」というのは不正確である。全部のページをめくって1語1語目で追いかけたのは確かであるが、帝政期文学の非常に広い範囲をカバーし、その各々に対して緻密な読解を施していくこの専門書の内容を理解することなど、まだろくにこの時代の作品群に詳しくなく研究背景も知らない私にできるはずもなかった。ただ、この本によって、研究者の間でひどく軽視されている帝政期ギリシア文学の面白さをはっきりと認識したことだけは間違いなかった。その著者に私は間もなくお会いできるのである。

 さて、ホイットマーシュ先生をお待ちしているあいだに、冒頭で名前を出した「コーパス・クリスティ・カレッジ」について説明しておこう。これは、いわゆる「カレッジ」(college)である。では「カレッジ」とは何か、これも説明を必要とするだろう。カレッジは、オックスフォード大学を構成する主要機関のひとつで(オックスフォード大学とは、複数の機関から成る一大組織の呼び名であって、「オックスフォード大学」という名を持つ建物が存在するわけではない)、その数は全部で38、各々が自律的といってもよい学問機関となっている。教員そして学生が日々勉強研究に勤しんでいる場は、結局、「オックスフォード大学」ではなく、「○○・カレッジ」なのである。

 大学関係者はほぼ全員が必ずどこかのカレッジに属しており、コーパス・クリスティ・カレッジはホイットマーシュ先生が属しているカレッジでもあり、今回私を受け入れてくれたカレッジでもあった。創立は1517年にまで遡り、この年代は比較的古い部類に入るのだそうだ。建物を見渡せば、確かに歴史が感じられる。また、さまざまなカレッジを見学して知ったことだが、コーパスはとても規模が小さいカレッジでもあった。両隣に建っているのは、クライスト・チャーチ(Christ Church、名前を見ただけではわからないが、これもひとつのカレッジである)とマートン・カレッジ(Merton College)、共に巨大カレッジである。挟まれたコーパスは常に押しつぶされそうであった。

 このカレッジに関することで極めて印象深かったのが、附属の図書館のことである(カレッジはそれぞれ独自の図書館を有しているのだ)。私はメンバーだったので、受付で特別なカードを作ってもらい、このカレッジの図書館については、いつでも自由に利用することが許されていた。特筆すべきは、その開館時間である。なんと、24時間(!)出入り可能であった。サックラー図書館(前回紹介)は、夜の10時に閉まってしまうのだった(ただ、9時半になると耳をつんざくほどすさまじい音量の予鈴が鳴り、「さっさと帰れ」という雰囲気が館内に漂う)が、このあともう少し勉強したいと思ったときには、私は、コーパス・クリスティ・カレッジの図書館に直行した。驚愕したのは、いつ足を運んでも、そのくらいのかなり遅い時間帯にもかかわらず、館内が勉強に励む学生(教員ではない)でいっぱいだったことである。私は彼らの熱心な姿に相当な学問的刺激を受けた。


コーパス・クリスティ・カレッジ入口


コーパス・クリスティ・カレッジ正面広場

 おっと、長々と話をしている間に、いかにもイギリス人らしい紳士的でさわやかな笑みをたたえた男性が私の方に近づいてくるではないか。間違いない、あの人がホイットマーシュ先生だ。さてこのあと私は……と話を続けたいところだが、字数制限がそれを許してくれなさそうだ。私の研究者人生の動力源となり続けるであろう、滞在中の先生とのさまざまなやりとりについては、次回に紹介したいと思う。

勝又泰洋(京都大学大学院)