コラム

河島思朗:ローマ最大の競技場、キルクス・マクシムス

 古代から現代にまで受け継がれている競技としては、短距離走、レスリング、ボクシング、やり投げや円盤投げなどありますが、古代の競技会と比べると、現代のオリンピックには新しく増えた競技がたくさんあります。水泳、サッカー、自転車……。一方、昔はあって今はないものもあります。そのひとつが「戦車競走」です。今から2000年前、25万人の観客が、戦車競走を観ながら喝采をあげ、古代ローマの大競技場「キルクス・マクシムス」には、熱気が立ち込めていました。

 古代ローマではスポーツ競技に参加して楽しむことも、観戦することも盛んに行われていました。ローマというとコロッセオを思い出しますが、最大規模の娯楽施設はキルクス・マクシムス(現代イタリア語ではチルコ・マッシモ)です。

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左:© Pascal Radigue / Wikimedia Commons、  右:©Carptrash / Wikimedia Commons

「キルクス」は「競走場の楕円形のコース」を、「マクシムス」は「最大の」を意味します。この施設は、全長640m、幅120mほどの大きさを持ち、まさに最大の競技場でした。観客収容数は25万人であったとプリニウスによって伝えられていますが、実際には40万人であったとか、15万人であったとか、様々な見解があります。とはいえ、東京ドームのプロ野球開催時の観客席数は4万7000人ほど、2012年ロンドン・オリンピックのオリンピック・スタジアム収容数が8万人であることを考えると、キルクスの巨大さには驚かされます。

 このキルクスで行われていたのが、戦車競走です。戦車競走は古代では一般的な競技で、古代オリンピックを開催していたギリシアでも行われていました。キルクスで行われた戦車競走の場合、2頭あるいは4頭立ての馬車に二輪の戦車を取りつけるのが一般的でした。そして4台の戦車が楕円形のコースを5周あるいは7周して競います。コーナーではしばしば事故も起こり、壮絶なクラッシュに観客は熱狂しました。賭けも行われていたと考えられているので、25万人の歓声は地を震わすほどだったでしょう。

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4頭立ての戦車、前540頃、©MatthiasKabel / Wikimedia Commons

 パラティーノの丘とアヴェンティーノの丘のあいだに広がるキルクスは、現在は下草に覆われた広場になっています。観客席など、ほとんどの建物は失われてしまいました。しかし、競走路の楕円形はいまも残されており、この場所ではイベントなどが催されています。また、キルクスの中心、往路と復路を隔てる敷居の部分には、オベリスクが建てられていました。この古代のオベリスクは、現在ポーポロ広場の中心に移されていて、ローマ中心街への入り口、北門の目印になっています。

 古代の遺跡が見捨てられた廃墟としてあるのではなく、生活の一部となっている。これがローマの魅力のひとつだと思います。

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左:©Alers dal sv / Wikimedia Commons、 右:Berthold Werner / Wikimedia Commons

河島思朗(東京外国語大、いわき明星大、青山学院女子短期大)