コラム

内山勝利:ミルテ咲けど

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 数年前に挿し木した myrtos が今年も咲きました。と言っても今日はもう7月10日。例年なら5月のうちに咲きそろうのに、いまだ数輪がやっとの状態です。花付きも半分以下の少なさです。明らかにこの春以来の「異常気象」のせいでしょう。しかしわずかにせよ開花が見られただけでもマシなほうらしい。「今年は花が付きませんでした」という便りも幾人かから耳にしています。

 ところで、この myrtos / myrrine / myrsine ですが、邦訳語に困りませんか。「テンニンカ(桃金嬢、天人花)」が当てられることもあって、この語は文字も音の響きもとてもふさわしい。しかし実はこの和名を持つ花は近縁種ながら別のもので、花の色も純白ではなくて濃いピンクです。myrtos のほうは和名としては「ギンバイカ(銀梅花)」ですが、漢字はともかく音がいかにも興ざめではないでしょうか。ほとんどそれだけが理由で、プラトン『国家』の藤澤訳ではあえて「誤訳」が残されています(第2巻372BおよびC)。「祝いの木」などという取って付けたような呼び名もありますが、これも今ひとつですね。

 何人かのひとと話題にしたこともあるのですが、皆さんいずれも「ギンバイカはねえ」という気分ながら、いい代案は固まりません。今のところ、ドイツ語由来ながら「ミルテ」という表記が、シューマンの歌曲集の邦題『ミルテの花』(原詩はハイネ)によって、比較的馴染みがあるし、音的にも悪くないのではないかという意見がやや優勢のようです。

 古典の動・植物名の邦語表記、そしてそれ以前に同定の当否の問題は、底なしに煩雑で(たとえばアリストテレスの『動物誌』やテオプラストスの『植物誌』の邦訳をご覧ください)、その中では、この myrtos 問題などたかが些細なものでしかないでしょうが、それでもこの清楚そのものの花を目にするたびに、何かいい呼称がないものかと思わずにいられないのです。

(内山勝利)