中務哲郎:日本西洋古典学会創設の頃

 日本西洋古典学会創立から35年後の1985年、発足に至る事情が忘れられるのを憂えて往時を回顧する座談会が行われた。それから37年、今ではその座談会記録に登場する先人の謦咳に接したことのない人が多いと思われる。そこで本稿では、(1)学会設立に尽力された先生方の評伝等を集め、(2)併せて日本におけるClassical Scholarshipの歴史に関する資料を紹介したい。

 ただ筆者には手持ちの材料が余りにも乏しく、にもかかわらず不十分な内容を公にするのは、本稿が諸方からの追加情報の呼び水になればと願うからに他ならない。

 (文中、必要に応じて肩書を付記するが敬称は略す)。

 本学会の歴史を意識して作られた文書は二つある。

  • 座談会「日本西洋古典学会発足の頃―田中美知太郎先生に聞く―」(初出:筑摩書房「田中美知太郎全集」月報、1989,1990年)
  • 「日本西洋古典学会創立五〇周年 特別記念講演会」(初出:岩波書店「思想」第910号、2000年)

 二篇ともに出版社の許諾を得て学会ホームページに転載したのでご覧いただきたい。戦後の世相がほの見え、ゴシップめいたエピソードもあり興趣尽きない。この座談会記録と講演会記録のうち柳沼重剛「学会設立前後のことども」によって学会設立準備期の様子を知ることができる。

 学会創設の気運は1947年頃から高まったとされるが、この年は所謂団塊の世代の始まりで、戦後復興の始まったこの頃には新設大学、学協会、各種競技大会等が雨後の筍の如く簇出した。一方、明治開国以来、西欧の思想や文学を熱心に受容してきた我が国の学界・読書界は、その淵源としての西洋古典への関心を強めてきてもいた。そのことを証するものとして、筆者は出版書肆・生活社の「ギリシア・ラテン叢書」の広告に注目する。そこにはホメロスからトマス・モア、エラスムスに至る百点余の原典よりの完訳が予告されているが、これが戦時中の企画であることを思えば一驚に値するので、文末にpdf文書で紹介したい。出所は青木巌著『ヘロドトスの「歴史」と人』1942年の巻末広告であるが、渡邊「文獻史」(後出)によると、これは「出版同盟新聞」906(1941年)に「西洋古典叢書新發表」として公にされている。

 生活社は惜しくも1949年9月に倒産したが、企画の中幾つかは実現しているし、後に別の出版社で復活したものもある。岩波書店は『ケーベル博士小品集』(独文、1918年。翌年に深田康算・久保勉訳)を皮切りに継続的に西洋古典ものを出し、「ギリシア・ラテン原典叢書」を開始したのが1949年である。初回は田中秀央校註『カエサル ガッリア戦記』と呉茂一校註『ネポス 外国名将伝』、翌年に田中美知太郎校註『プラトン ソクラテスの弁明』、高津春繁校註『アエネーイス(一)』『イーリアス(一)』、田中秀央校註『クセノポーン アナバシス(一)』と続く。戦中戦後に西洋古典を扱った書店として、この他管見に入るのは東京の近藤書店、要書房、京都の大翠書院、大阪の創元社、奈良の養徳社などである。

 さて、本学会の会員名簿は1951年版(会員数125名)から2019年版まで23冊を数えるが、それ以前に68名を収める「會員名簿 昭和二十三年九月現在 日本西洋古典學會」なるガリ版刷り冊子が存在する。しかしこの名称は正確ではなかろう。これに先立つ1948年7月、松平千秋(京大文学部助教授)、柳沼重剛(京大文学部学生、生活社アルバイト社員)、兵藤正之助(生活社京都支社代表。田中秀央時代に西洋古典文学科選科生)らの作業で学会設立趣意書が各方面に送られたが、趣意書に賛同した人たちの名簿がこれではないかと思われる。そしてこれを承けて1948年11月7日、京都大学に近い養源院(百万遍の知恩寺の脇寺)にて西洋古典学会創立の打合会が行われた。出席者は呉茂一、田中美知太郎、泉井久之助、高田三郎、野上素一、松平千秋、生活社社員二名であった。学会の発会式は2年後の1950年10月22日、京都大学文学部にて、第一回総会(現在の大会に相当)と兼ねて行われた。研究発表はなく、新村出・田中秀央による祝辞の後、高津春繁「ギリシア散文の発達」、田中美知太郎「哲学の言葉としてのギリシア語」の公開講演が行われた。

 学会設立に最も深く関与したのは呉茂一(東大教授)、田中美知太郎(京大教授)、村川堅太郎(東大教授)、高津春繁(東大教授)、松平千秋(京大助教授)、そして事務を輔佐したのは柳沼重剛(京大文学部)と松本仁助(京大大学院)であった。ここに西洋古典学会第一世代の先生方、およびその師にあたるラファエル・ケーベルと田中秀央に関する評伝等を紹介したいと思う。「『西洋古典学研究』にobituary」と記したものはホームページでご覧いただくことができる。

(1)第一世代の諸先生の評伝、等

ラファエル・ケーベル(1848-1923)

  • 夏目漱石「ケーベル先生」、1911。各種「漱石小品集」に収録。
  • 久保勉『ケーベル先生とともに』岩波書店、1951。
  • 松本仁助「ケーベル博士と日本の西洋古典学」、同志社大学文学部『パイデイア』3,1963。
  • 関根和江「ケーベル先生文献」、『東京芸術大学音楽学部紀要』24,25集、1998,1999。
  • 「ケーベル会誌」創刊号、1993。第2号、1994。第3号、1995。第4号、1996。島袋長政代表、ケーベル会事務局(那覇市泊)。

Wikipediaより

  • 和辻哲郎『ケーベル先生』弘文堂、アテネ文庫、1948。『和辻哲郎全集』第6巻、岩波書店、1962。
  • 瀧井敬子「第7章 ケーベル先生との音楽談義」、『夏目漱石とクラシック音楽』毎日新聞出版、2018,212-223頁。

田中秀央(1886-1974)

  • 『西洋古典学研究』23(1975)にobituary. 松平千秋「田中秀央博士の逝去を悼む」。
  • 石田憲次「田中秀央さんの片影」、京大以文会『以文』18,1975。
  • 松平千秋「田中秀央先生と日本の西洋古典学」、『古代文化』38-8,1986。HPに転載。
  • 菅原憲二・飯塚一幸・西山伸編『田中秀央 近代西洋学の黎明 「憶い出の記」を中心に』京都大学学術出版会、2005。

呉茂一(1897-1977)

  • 『西洋古典学研究』26(1978)にobituary. 久保正彰「呉茂一先生の逝去を悼む」、田中美知太郎「弔辞」。
  • 高橋睦郎編「呉茂一先生追悼号」、『饗宴 臨時増刊号』書肆 林檎屋、1978。
  • 泰田伊知朗「呉茂一先生の生涯」、HPに掲載。

Wikipediaより

  • 田中隆尚『呉茂一先生』小澤書店、1993。新版『田中隆尚撰集 第7巻』展望社、2006。

田中美知太郎(1902-1985)

  • 『西洋古典学研究』34(1986)にobituary. 藤澤令夫「田中美知太郎先生の御逝去を悼む」。
  • 藤澤令夫「常に本格を求めて:文化勲章・功労者の人々/田中美知太郎」、読売新聞、1972.11.18夕刊。
  • 藤澤令夫「愚かしさからの解放:田中先生の文化勲章受章に際して」、サンケイ新聞、1978.11.1夕刊。
  • 藤澤令夫「本格を求める姿勢貫く:田中美知太郎先生を悼む」、京都新聞、1985.12.20夕刊。
  • 藤澤令夫「孤高を恐れず善を求める:田中美知太郎先生を悼む」、読売新聞、1985.12.20夕刊。
  • 藤澤令夫「追悼 田中美知太郎先生」、『正論』162号、1986.3。
  • 松永雄二「田中美知太郎先生の思い出」、京大以文会『以文』29,1986。

Wikipediaより

  • 西部邁「清浄な魂 田中美知太郎論」・「『哲学談義とその逸脱』を読んで」、『ニヒリズムを超えて』角川春樹事務所、ハルキ文庫、1997,93-116頁、157-169頁。
  • 森進一『雲の評定 哲学と文学の間に』筑摩書房、1986。「弟子の回想」(第1章)。
  • 竹之内静雄『先知先哲』新潮文庫、1992。講談社文芸文庫、1995。

村川堅太郎(1907-1991)

  • 『西洋古典学研究』40(1992)にobituary. 伊藤貞夫「村川堅太郎先生追悼」。
  • 伊藤貞夫「村川堅太郎先生を偲ぶ」、『史学雑誌』101-4, 1992。
  • 村川夏子「村川堅固・堅太郎がのこしたもの」、熊本女子大学国文談話会『国文研究』55,2010。

高津春繁(1908-1973)

  • 『西洋古典学研究』22(1974)にobituary. 村川堅太郎「弔辞 故高津春繁博士をしのんで」。
  • 辻直四郎「故高津春繁君追悼の辞」、風間喜代三「故高津春繁先生」、日本言語学会編『言語研究』64(故高津春繁博士追悼号),1973。
  • 「高津春繁教授追悼号」、『武蔵大学人文学会雑誌』5-3,4,1974。

松平千秋(1915-2006)

  • 『西洋古典学研究』55(2007)にobituary. 中務哲郎「松平千秋先生の逝去を悼む」。
  • 入江隆則「私の出会った文人たち(一)」、「三省堂ぶっくれっと」No.142,2000。
  • 京都大学西洋古典研究会「松平千秋先生追悼文集」、『西洋古典論集』別冊、2007。
  • 岡照雄「わたしの卒業論文 Henry Fielding, an Approach」、『英語青年』1897号、2007。
  • 中務哲郎「松平千秋先生の文業」、『流域』59,2006。『極楽のあまり風 増補版』ピナケス出版、2016。
  • 松本仁助「日本西洋古典文学者 松平千秋先生」、京大以文会『以文』50,2007。
  • 松本仁助「学会設立の頃の松平先生と私」、HPに掲載。

(2)日本におけるClassical Scholarshipに関する文献

  • Arai, Tsuguo, The Japanese Contribution to Greek and Roman History since the End of the First World War to 1962/3. Lustrum, 8, 1963, pp.217-243
  • Forty Years of the Journal of Classical Studies. ed. by The Classical Society of Japan. Tokyo 1998
  • Fujii, Yoshio, Development of the Study of Greek Philosophy in Japan. The Annals of Hitotsubashi Academy, IV-2, 1954
  • Kawada, Shigeru, Review Discussion: Classics in Japan. Journal of Hellenic Studies, 108, 1988
  • Kobayashi, Kozue, Virgil in Japan. Atti Convegno Internazionale 'La Fortuna di Virgilio', Giannini Editore, Napoli, 1986, pp.507-523
  • Kobayashi, Kozue, La Cultura Clásica y el Japón, 『西洋古典論集』VII,1990, pp.99-115
  • Kobayashi, Kozue, L'ÉRUDITION DE L'ANTIQUITÉ CLASSIQUE AU JAPON. Philologus, 136-2, 1992, pp.297-305
  • Kozu, Harushige, Forschungsberichte: Linguistics in Japan. Kratylos, 5, 1964
  • Kubo, Masaaki, Japan: Greek and Latin Philology. Atti del Congresso Internazionale: La filologia greca e Latina nel secolo XX, vol.1, Giardini Editori, Pisa, 1989
  • Kure, Shigeichi, Les études latines au Japon. Revue des Études Latines, 33, 1955
  • Matsudaira, Chiaki, Classical Studies in Japan. Romanitas, 4-5, 1962 HPに転載。
  • Matsudaira, Chiaki, Japanese Attitude towards the Classics. ギリシア人文学協会「デルフィ国際シンポジウム報告」2,1971
  • Matsumoto, Nisuke, WELCHE ROLLE KANN DER HUMANISMUS IN DEN JAPANISCHEN UNIVERSITÄTEN SPIELEN? oder: WAS SUCHEN DIE JAPANISCHEN STUDENTEN? ΕΛΛΗΝΙΚΗ ΑΝΘΡΩΠΙΣΤΙΚΗ ΕΤΑΙΡΕΙΑ 21, ΑΘΗΝΑΙ 1971, 26-34
  • Minamikawa, Takashi, The Power of Identity: A Japanese Historical Perspective on the Study of Ancient History. in: A. Chaniotis, A. Kuhn, C. Kuhn, edd., Applied Classics: Comparisons, Constructs, Controversies. Stuttgart 2099
  • Watanabe, Akihiko, Classica Japonica: Greece and Rome in the Japanese Academia and Popular Literature, Amphora 7(1), 2008, pp. 6-11
  • Yaginuma, Shigetake, A Brief History of Classical Studies in Japan. Kleos, 2, 1997
  • Yamamoto, Tatsuro, THE RESEARCH OF ANCIENT GREEK PHILOSOPHY IN CONTEMPORARY JAPAN. ΔΩΔΩΝΗ:ΠΑΝΕΠΙΣΤΗΜΙΟ ΙΩΑΝΝΙΝΩΝ, ΦΙΛΟΣΟΦΙΚΗ ΣΧΟΛΗ 27-3, pp. 211-225
  • 伊東俊太郎「アリストテレスと日本―わが国における西欧的世界像の最初の受容」、東京大学『教養学科紀要』1,1967。
  • 生地竹郎「日本におけるホメーロスの受容」、高柳俊一編『受容の軌跡――西欧思潮と近代日本』南窓社、1979。
  • 生地竹郎「日本におけるホメーロス学」、『比較文学』22, 1979。
  • 加来彰俊「またもう一つの大きな礎石」、『図書』573,1997。
  • 呉茂一「古典学」、人文科学委員会編「人文」特集号「日本の人文科学―回顧と展望」1949。
  • 田中美知太郎「西洋古典の翻訳と紹介」、『文庫』5月号、1954。
  • 中務哲郎「西洋古典学の風景」、隔月刊『文学』1-4,2000。『饗宴のはじまり 西洋古典の世界から』岩波書店、2003。
  • 仁戸田六三郎「ギリシャ哲学の移植と発展」、太田朝男編『別冊哲学評論』民友社、1949。
  • 秀村欣二「第二章 古典古代」、『日本における歴史学の発達と現状 日本史・東洋史・西洋史』東京大学出版会、1959。
  • 藤井義夫「我國に於ける哲學古典の飜譯の現況について」、『一橋論叢』8-5,1941。
  • 藤井義夫「我国に於ける古代哲学研究の現況」、『読書倶楽部』4-2,1949。
  • 藤井義夫「我国に於けるギリシャ哲学研究の発展」、『一橋論叢』32-1,1954。
  • 水戸博之編『西洋古典学文献目録』、上智学院、1988。

特筆すべきは、

  • 渡邊雅弘編「日本西洋古典學文獻史―切支丹時代から昭和二十年までの著作文献年表―」(一)(二)(三)、2001,2002。(科学研究費補助金特定領域研究(A)「古典学の再構築」による刊行)。
内容については副題が尽くしているが、データの博捜と精細は驚嘆に値する。編者は目下、戦後文献を補う(四)と索引を作成中で、完成後には全体をCDに作る予定である。これほどの文献索引は二度と現れまいし、西洋古典学徒には必備の文献であると思われるので、学会では第64回大会(東大駒場、2013)の参加者に既刊3冊を配布した。既刊3冊をご希望の方はHP運営委員会まで連絡を頂きたい。

 付記:筆者がこの稿を思い立ったのは、残しおいたはずの学会の歴史に関する資料がいつの間にか失われることがあるのに最近気づいたためである。今なら著者本人に問い合わせることができるので、そうして復元した書誌が幾つもある。初めにも記したように、材料不足で遺漏の多い稿を敢えて公にするのは、この話題に関する資料をお知らせ頂くよう広く呼びかけたいからである。評伝については、HP運営委員会の請に応じて松本仁助「学会設立の頃の松平先生と私」、泰田伊知朗「呉茂一先生の生涯」、大戸千之「藤縄先生の思い出」、田中享英「求道の哲学者 岩田靖夫先生」をお寄せ頂いた。会員の方々には引き続き評伝のご寄稿をお願いしたいと思う。

 文献リストのためには幾人もの方から資料提供を仰いだが、web上の検索で得たもの、Wikipediaから孫引きしたものもあり、実見せぬまま採録したため誤解や誤記があるかと思われるので、お気づきの場合はお知らせ頂きたいと思う。

(中務哲郎 2022.5)

 付記(2):本稿を承けて渡邉顕彦さんが次の書のあることをお知らせ下さった。

Almut-Barbara Renger, Xin Fan, edd., Receptions of Greek and Roman Antiquity in East Asia. Brill 2019
収めるエッセイはすべて23篇、そこから次のものをリストに加えたい。

  • Taida, Ichiro, History and Reception of Greek and Latin Studies in Japan.
  • Nara, Hiroshi, An Adoring Gaze: The Idea of Greece in Modern Japan.
  • Elizabeth Craik, Western Classics in Japan: Memories of Bungakubu, Kyoto, 1997-2002.
  • Nakamura, Rui, The Reception of Parthenon Sculpture in Modern Japanese Art Studies.

(中務哲郎 2022.6)

(参考:生活社「ギリシア・ラテン叢書」広告)