Q&Aコーナー

質問

 卒論で、中世フランスの聖歌写本を研究しています。来年卒業予定ですが、写本の研究を続けたいので、大学院に進学を考えています。研究している写本内のラテン語について、ほぼ、解読できたのですが、どうしても2箇所、何をどうやっても読むことができません。そこで、こちらでお伺いすれば何か分かるかもしれないと思い、メッセージいたしました。添付した画像のマーカーを引いた部分(上A、下H)が分からない箇所です。教会で神父さんに質問してみましたが、手書きは分からないとのことで、また、周りにもラテン語を勉強している方もおらず、困り果てております…もし、ご教授いただけるようでしたら、ご返答のほど、よろしくお願いいたします。

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図A

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図H

(質問者: 長谷川遥羽子様)

回答1

 ご質問を拝受いたしました。ただ、私たちHP運営委員では詳しくお答えできませんので、本の歴史にお詳しい宮下志朗氏(東京大学名誉教授、フランス文学)にご相談して、ビショッフ『西洋写本学』の訳者瀬戸直彦氏(早稲田大学文学部教授、中世オック語文学)をご紹介いただき、お答えいただくことになりました。尚、質問者がお知らせくださった写本の詳細は次のとおりです。

 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館所蔵《MSS. 8997》AおよびH。

 マーカー部分を含むページは、ここで見ることができます。

 A) https://collections.vam.ac.uk/item/O1028919/leaf-from-a-dominican-antiphoner-manuscript-cutting/

 H) https://collections.vam.ac.uk/item/O1028913/leaf-from-a-dominican-antiphoner-manuscript-cutting/

 以下、瀬戸直彦氏

 ご下問の件ですが,楽譜付きの交唱聖歌の写本でドミニコ会で使われたもののようで,H)の朱字によるrubriqueはテクスト本文というより,使用者への書き手による何かの指示でしょうか。

 A)confirmatum O regem のあとの質問部分は,congratulatumかもしれません(congratulor, avi, atus sum)。上のティルダは -mを補うか,あるいは短縮文字であるしるしですが,ここは -u = um で,その前の -g- のうえのトレマのようなものは 開いた -a-で,下の文字のあとに,書いてない -r- を補います (-gra-)。その後は,-latum だとすると,縦棒が一つ足りません。でも,そのまま読んでcongratulanum, congratulavumとすると意味がとれないようです。congratulatum だと,完了分詞男性対格形で,confirmatum と同格的にとれます。この形は,聖アウグスティヌスの例が拾えました。このあたりは,いろいろ略字(RやV)があり,質問者は解釈できたのでしょうかね。私にはよくわかりませんでした。田中創先生(東京大学准教授)のご指摘によると,同じような文脈で congratulamini (2人称複数)があるようで,縦棒の足りない矛盾は解消されます。-mi の上にティルダがあって,-mini と読ませるのは,動詞の活用語尾のティルダは適宜語尾を補うということになり,この種の写本に特有のことなのかもしれません。

 H)は O quantus stupor populi quanta で始まる聖歌で,全文がインターネットで読めます。しかし,本文ではなく間に入った朱字は,これを歌う場合の指示か何かでしょうか。文学写本にしか親しんでいない私にはよくわかりません。上は, rprc (t?)にティルダのついたものでしょうか。下の rcs の上には -r- のような略号が乗っています。ふつう,このしるしは,語尾に-ur をつけるときに使います(ビショッフ『西洋写本学』邦訳,p.217, 228)。recusur (?)とか何とか。この部分は「繰り返す」とか 「元に戻って」とかいう意味かもしれません。音楽写本に詳しい人でないとわかりません。

 短縮形の一覧は,CappelliやPelzerを見ます(ビショッフ,p.214, 注29。このページに -r- の脱落のことが書いてあります)。私の見方が悪いのかもしれませんが,これらには残念ながら見つかりませんでした。

 「快刀乱麻を断つ」ようには全然なりませんでした。申し訳ありません。

(回答:瀬戸直彦)

  • Adriano Cappelli, Dizionario di abbreviature latine ed italiane. Editore Ulrico Hoepli, Milano 1990
  • Auguste Pelzer, Abréviations latines médiévales—supplément au Dizionario di abbreviature latine ed italiane de Adriano Cappelli. Editions Neuwelaerts 1995

回答2

 回答1は外遊直前の蒼惶の間に作りましたが、帰国後、西間木真さん(東京藝術大学准教授、音楽写本)に問い合わせ、以下のようなお返事をいただきましたので、これを回答2としてお伝えします。

 A葉の方は、Nativitasの時期のR. (レスポンソリウム 応唱)で-tumではなく、-miniになるようです。

R.Confirmatum ... R. O regem
R. Congratulamini [mihi, omnes qui diligitis Dominum ...]
Te deum laudamus V. Puer natus est ...

 H葉の聖歌は、ドミニコ会固有のレパートリーでおそらくドミニコの聖遺物のtranslatio(移転)を記念する典礼(5月24日)で唱えられたアンティフォン (交唱)と思われます。問題のabbreviation、"tpre. res."は、tempore resurrectionisと読み、おそらく復活祭の時期に重なる時(年)には、最後にalleluiaを付けて歌うように、という指示書きと思われます。

[Translatio Dominici (24 mai)?]
O quantus stupor ... ad sancti beneficia. "tpre. res. (= Tempore resurrectionis)" Alleluia.

(回答:瀬戸直彦)