Q&Aコーナー
質問
ポンペイのアレクサンドロスモザイクのブケファロスの毛色が黒ではなく、茶色なのはなぜですか?
(質問者:森幸成様)
回答:《アレキサンダー・モザイク》のブケファラスの毛色について
アッリアノス『アレクサンドロス大王東征記』5.19に「ブケファラスは体は黒、額に雄牛の頭に似た白い印がある」といった主旨の記述がありますが、ポンペイ・モザイクのアレクサンドロスの馬がそのような色に描かれていないことについて、美術史の観点から思いつくことを記します。
1. 美術作品として
①モザイクの技術的制約からこの色になった可能性。モザイクはテッセラというガラスを砕いたパーツでできています。つまり、色ガラスを作る段階での色の問題です。さらにブケファラスは赤みを帯びた特徴的な褐色ですが、この色を出すのが技術的に難しかった場合、この色で表現することは、それだけで当時では価値があったわけです。
②画面全体の表現として。ダレイオスの戦車を曳く馬たちは黒色です。戦闘場面では、敵、味方を一目でわかるように、人間の武具はもちろん馬たちの色、馬具、タテガミなどを区別して表現することは常套です。ですからダレイオスの馬が黒ならば、アレキサンダーの馬が茶色になるのは、美術表現としては当然です。また反対でもよいのですが、この画面全体の色のバランスからいうと、アレキサンダーの馬が黒だった場合、色が暗いので、手前に出てきません(明度や彩度の問題)。一目で主役が誰かわからなければなりません。また何より、画面全体を見ると、茶色の馬の「色」は、2系統別々に表現されていますね。ブケファラスのみ「赤系の茶色」、その他の茶色の馬たちは「黄色系の茶色」です。日本語では「茶色」とひとくくりにされますが、別の色として認識するべきでしょう。
*ちなみに、日本人のような茶色の目は、欧米人の明るい色の目より、茶系の色味のちがいをよりたくさん区別して認識できるそうです。
③美術作品は、史料でもありますが、そこには、注文主の意向、目的、設置場所、どんな人が見るものか、技術的側面、制作者の創意などが背後にあり、あくまで「表現」です。文字史料よりも読み取りに曖昧さが残ることに注意しなければならないでしょう。
2. 馬の毛色から
当時の馬の色を表現する言葉ですが、CIL(Corpvs inscriptionvm Latinarvm)をいくつか見た限りでは、6種類でした。一方、日本では、軽種馬の毛色は、「栗毛、栃栗毛、鹿毛、黒鹿毛、青鹿毛、青毛、葦毛、白毛」の8種、さらにそれ以外の馬では、「軽種馬の白毛を除く7種に、粕毛、駁毛(ぶちげ)、月毛、河原毛、佐目毛、薄墨毛を加えた13種類」あります。試みに、それを日本で馬の毛色に使われる名称に置き換えたことがありますが、特に茶色の系統は多様ですし、タテガミの色の問題もありますし、一対一に置き換えるのは、難しいかと思います。
(回答者:中西麻澄)
2020/05/29