Q&Aコーナー

質問

アポロンのエピセット ἑκηβόλος は、松平訳「イリアス」では、「遠矢の」ですが、LSJでは、「目的を達する」ぐらいの意味と説明されているようです。このエピセットの原義を教えてください。また、そのような原義のエピセットがアポロンにつけられる理由もわかれば、お願いします。さらに、「遠矢の」という松平訳ないし解釈はどの程度、一般的なのでしょうか。

(質問者:白郡 亘 様)

回答

 ご質問、有難うございました。

 まずLSJでは、ἑκηβόλοςはἑκών(自ら進んで)+βάλλω(投げる、射る)だが、後の作家はἑκάς(遠く)+βάλλωと理解した、と説明されています。ἑκών+βάλλωの場合、「思うままに射当てる」のような意味になるのでしょう。ἑκάς+βάλλωと解く場合は、ἑκάςをἕκαθεν(from afar)の意味にとって、「遠くから射る」の釈義となります。

 Pierre Chantraine, Dictionnaire étymologique de la langue grecque も同様に、正しい語源はἑκών+βάλλωだとしながら、ἑκάς+βάλλωとする民間語源説も可能である、と解説しています。

 「スコリア(古註)B」は『イリアス』1.14のἑκηβόλοςに関して、「遠くから射当てること、たいていの人は遠くから射るけれども、的に当てはしない」と記しています。つまり、この場合のβάλλωは単に「射る」のではなく「射当てる」のだ、とするわけです。

 ἑκηβόλοςと同じ問題が起こるのがἑκάεργος(『イリアス』1.147, 5.439など)で、これについてG.S.Kirkは、語源に即して言えばworking at willだが、ホメロスはworking from afarの意味で使っていた、と註釈しています。

 翻訳では「遠矢の」の松平訳以前の呉茂一訳でも「遠矢を射る」ですし、Lattimore英訳はwho strikes from afar、Voss独訳はferntreffend、「アポローン讃歌」45の逸身喜一郎訳・沓掛良彦訳は共に「遠矢射る」です。

 アポロンにかかるエピセットとしてはこの他、ἀγρευτάς(狩りをする)、ἀργυρότοξος (銀の弓もつ)、κλυτότοξος(弓に名高い)などがあることからも分かるように、アポロンは弓矢の神です。アポロンがアカイア軍に悪疫を送りこみ、騾馬や犬、兵士らを殺しまくるのを矢を射ることで表しています(『イリアス』1. 48)。アポロンの姉妹アルテミスも狩りの女神ですが、野獣を射る術を教えることが『イリアス』5.51に見えます。ニオベがヒュブリス(思い上がり)の罪を罰せられる時、その6人の息子をアポロンが、6人の娘をアルテミスが射殺します(『イリアス』24.605)。

(回答:T.N.)

2018/4/23