Q&Aコーナー

質問

 以前から疑問に思っていたことがあるので、質問させていただきます。よろしくお願いいたします。

 イソップ寓話の中にバラとアマランス(the rose and the amaranth)という話がありますが、このアマランスに該当する具体的な植物種は存在する(した)のでしょうか。ミルトンの失楽園(平井正穂訳)にもアマラントとして登場しますが、巻末の注訳をみると、『「不凋花(アマラント)」は、ギリシャ人が不死の象徴と考えた伝説的な花』とあります。 現在、amaranthというと、Amaranthus属植物をさす場合が多いと思いますが、A. tricolorもしくは、属が違いますが、近縁のCelosia algentiaあたりが、イメージに近いのでしょうか。しかし、この属名が、リンネの植物分類体系が作られた際にどのような経緯で使われたかもわからないので、今ひとつしっくりきていません。

 ご教示いただけましたら幸いです。

(質問者:ノギグチサンヨウ様)

回答

ご質問有難うございました。

 『イソップ寓話集』のτὸ ἀμάραντονは、形容詞中性「アマラントン(萎れない)」が「萎れない花」として植物名に用いられており、「葉鶏頭」や「鶏頭」と訳されています。

 まず、「アマランス」が「伝説の花」と言われることについて。 ルキアノス『広間について』9に、絵に描かれた「萎れない花畑λειμὼν ἀμάραντος」と「不死の花ἄνθος ἀθάνατον」を賞賛する一節がありますから、「萎れない花、不凋花」の伝説はすでにあったようです。しかし、この語の用例が少ないため、具体的に何の花をさすのか、伝説の由来がどのような話なのか、残念ながら調べがつきません。

 しかも、時代が下ると植物をよく知らない詩人たちによって不滅の象徴だった「アマラントゥス(萎れない花)」がよく歌われ、誤用されることも多かったようです。一方、「アマラントゥス」という植物は古代から実在していました。ところが、分類学が進んで、以前アマラントゥスと呼ばれていた諸種がヒユ科の別々の属に分類されたこともあって、文中で出会う「アマランス」が何なのか、さらに分り難くなってしまったようです(コーツ『花の西洋史―草花篇』八坂書房、1989,24-25頁参照)。

 ところで、プリニウス『博物誌』第21巻47には、紫色の穂をつけるamarantusという名の植物が出てきます。そこには、切って保存した後、水で湿らすと萎んだ花が再び生き返る種もあって、「『アマラントゥス(しおれない花)』という名はその性質に由来する」と記されています。これはヌビアやエチオピア原産のヒユ科ヒユ(Amaranthus=A.)属のA. caudatus ヒモゲイトウにあたるとされます(Budé版の註釈者Andréによる)。また、ギリシアには、「ブリトン」というヒユ属イヌビユA.lividus(syn.A.blitum)にあたる植物があり、ディオスコリデスの『薬物誌』」(2.117)やテオプラストス『植物誌』(1.14.2他)に野菜として出てきます。一般に、ヒユ属の植物は花の色が変わることなく長い間植物体に付いているので、「萎れない花」という名によくあてはまります。

 『イソップ寓話集』の「アマラントン」も植物名として出ています。中務哲郎先生によれば、欧米の訳者はamaranth(英)、amarante(仏)と訳しており、学名表記はないそうです。訳語を和英、和仏の辞典諸種にあたると、「伝説の花」とした後、植物名を挙げています。英和では「ハゲイトウ;ヒユ科ヒユ属の観葉植物の総称」、仏和では「鶏頭」(ヒユ科ケイトウ属)です。

 ところが、図鑑類には、現在のギリシア周辺に分布する植物として、ハゲイトウ(同一種の亜種のヒユも)も、ケイトウ属も出てきません(cf.Polunin,O., Flowers of Greece and Balkans, Oxford, 1980; Strid,A., Wild Flowers of Mount Olympus, Athens, 1980;Meikle,R.D., Flora of Cyprus, vol.I,II, London et al., 1985; Sfikas,G., Wild Flowers of Crete, Athens, 1995; Παπιομύτογλου,Β., Αγριολούλουδα της Ελλάδας, Mediterraneo Editions, 2006;『アサヒ百科―植物の世界』第七巻268-278、第13巻117頁,古代の植物名を研究したAndré,J., Les Noms de plants dans la Rome antique, Paris, 1985など)

 ちなみに、ハゲイトウとはA. tricolor ssp.tricolorです。これはヒユ(莧)Amaranthus tricolor ssp.mangostanusと同種の亜種(ssp.)で、葉の鑑賞用に栽培され、選抜されてきたものです。ヒユは熱帯から亜熱帯にかけて広く分布するとされます。ギリシアには、古代も現代もヒユ属諸種が分布しますから、ハゲイトウの類似種が古代にもあったと推測されます。

 一方、ケイトウ(トサカケイトウ)Celosia cristataはヒユ属の近縁種で、地味な花穂をつける雑草のノゲイトウ C. argenteaから、栽培によって鶏のトサカ状の花序や羽毛状の花序をつけるものへ発展した種で、広く栽培されています。ケイトウ属はアジア、アフリカ、アメリカの熱帯から亜熱帯に分布するとされますが、ヨーロッパに自生しているという記載がみつかりません。とすると、イソップの時代に、バラと比べてもすぐ思い浮かぶほど沢山あって、見慣れた植物だったという可能性があるのでしょうか、一寸疑問です。(厳密には分類の専門家に聞かなくては、分りません。)

 以上のとおり、「伝説の花」の由来などは分りませんが、「萎れない花」というギリシア語由来の名称を持つ「amarantus」という植物は実在し、ヒユ科の植物にあたるとされています。『イソップ寓話集』の「アマラントン」もヒユ科の植物とされ、ケイトウ(ケイトウ属)、ハゲイトウ(ヒユ属)と訳されています。しかし、特徴の記載が少なくどちらと断言はできません。ただ、分布状況を見ると、ケイトウより、野菜としてよく知られていた諸種を含むヒユAmaranthus属の植物(ヒユ、ハゲイトウなど地味な花を持つ諸種)に分がありそうだといえるのではないでしょうか。

 尚、「アマラントン」はヘリクリュソン ἑλίχρυσονの別名でもあり(ディオスコリデス『薬物誌』第四巻57)、キク科ムギワラギク属のHelichrysum siculum L.,H.orientale L.,.H.stoechas L.と同定されています(André,J., Les Noms de plants dans la Rome antique, Paris 1985)。苞がいつまでも残るために現在「immortelle」(「不死の花」の意)と呼ばれており、テオプラストスが花冠の材料として挙げています。

(回答者:小川洋子)