Q&Aコーナー

質問

西洋古典で小説のジャンルがあればお勧めを教えてください!

(質問者 Nino 様)

回答

ご質問有難うございました。

 西洋古典、つまりギリシア・ローマの文学に小説という言葉はなかったけれど、「小説とはある程度の長さを持った散文の物語である、と定義するだけで充分だ」(E.M.フォースター)とするならば、小説と呼べるものは沢山ありました。

 まず、古代小説といえばギリシアのErotici Scriptores(エローティキー・スクリプトーレース、恋愛作家)の作品に限定するのが通説で、その多くが失われましたが、次の5篇が現存します。ほぼ年代順に挙げて、邦訳を付記します。

(1)カリトン『カイレアスとカッリロエ』丹下和彦訳、国文社(叢書アレクサンドリア図書館)、1998。前1世紀後半か後1世紀。
(2)エペソスのクセノポン『エペソス物語』松平千秋訳、筑摩書房(世界文学大系)、1961。2世紀。
(3)アキレウス・タティオス『レウキッペとクレイトポン』中谷彩一郎訳、京都大学学術出版会(西洋古典叢書)、2008。2世紀後半。
(4)ロンゴス『ダフニスとクロエー』松平千秋訳、岩波文庫、1987。2世紀末。
(5)ヘリオドロス『エティオピア物語』下田立行訳、国文社(叢書アレクサンドリア図書館)、2003。3世紀、あるいは4世紀末。

 この中からお勧めするとなると、ベルナルダン・ド・サン=ピエールの『ポールとヴィルジニー』、ゲーテの『ヘルマンとドロテーア』、三島由紀夫の『潮騒』、ニコス・コンドゥロス監督の映画『春のめざめ』などにインスピレーションを与えた『ダフニスとクロエー』と、古代小説の最高傑作とされる長篇『エティオピア物語』でしょうか。

 次に、やはり小説と呼ぶのがよいと思われるラテン文学が2篇伝わっています。
(6)ペトロニウス『サテュリコン』国原吉之助訳、岩波文庫、1991。66年以前。
(7)アプレイウス『黄金のろば』呉茂一・国原吉之助訳、岩波文庫、1956、1957(最近復刻されたようです)。2世紀後半。
 『サテュリコン』はいわゆるピカレスク・ロマン(悪漢小説)のさきがけとされる作品、『黄金のろば』は数あるロバ物語の中でも黄金の位にある、とアウグスティヌスが評した故にこのように呼ばれるようになった「変身物語・ロバ物語」です。

 

 しかしこの他にも、古代のヴォルテールと称されるルキアノス(2世紀)などは、小説家と呼ぶのが最もふさわしいと私は考えています。
(8)『ルキアノス選集』内田次信訳、国文社(叢書アレクサンドリア図書館)、1999。
(9)『本当の話 ルキアノス短篇集』呉茂一他訳、ちくま文庫、1989。
の両書が今も手に入ると思いますが、
(10)『偽預言者アレクサンドロス 他』内田次信・戸高和弘・渡辺浩司訳、京都大学学術出版会(西洋古典叢書)、2013。
を初めとして、「西洋古典叢書」ではルキアノスの約70篇を8分冊で全訳する予定です。

 更にこの他、
(11)クセノポン『キュロスの教育』松本仁助訳、京都大学学術出版会(西洋古典叢書)、2004年。前5/4世紀。
は、アケメネス朝ペルシアの開祖キュロス大王をモデルにして、理想の君主像を描いた最古の歴史小説と言えます。
(12)伝カリステネス『アレクサンドロス大王物語』橋本隆夫訳、国文社(叢書アレクサンドリア図書館)、2000。300年頃。
は大王の名を借りた荒唐無稽な物語で、古代の諸言語に翻訳されて人気を博しました。
(13)『ギリシア恋愛小曲集』中務哲郎訳、岩波文庫、2004。
は古代ギリシア文学の中から恋愛物語を集めたもので、『ヘーローとレアンドロス』などを収めます。

 古代小説についての解説としては、
(14)中務哲郎「ギリシア・ローマの小説」『岩波講座 文学 3』岩波書店, 2002。
がある他、(1)(3)(4)(5)は、当該作品の解説に併せて古代小説全般についての解説も含んでいます。

(回答:中務哲郎)