Q&Aコーナー

質問

アリストテレスは「万学の父(祖)」と呼ばれる、という記述をよく目にします。

最初にアリストテレスをそのように呼んだのは誰なのでしょうか。出典も教えて頂ければ幸いです。

よろしくお願い致します。

(A. Norisse 様)

回答 1

 結論として、このキャッチフレーズはおそらく誰に始まると明確に特定するのは困難なのではないかと思われます。たしかに、すでに古代においても、たとえばディオゲネス・ラエルティオスが「あらゆる言説についての卓越性」(第5巻21節)という表現をアリストテレスに用いていますが、しかし古代・中世には「万学の祖」というかたちで熟したフレーズは見当たらないようです。他方、近世以降になると様々な学問分野(特に自然科学)について、father of ~(英)、Vater der ~(独)、le pere de ~(仏) という言い回し(科学の父、医学の父、数学の父などなど)が西欧諸語に頻出し、中には father of all the sciences という例も見当たります(これらはキケロの pater historiae が祖型でしょうね)。そして、ときにはそれがアリストテレスについて用いられていることもありますが、むしろ一般的な用法がたまたまアリストテレスに充てられただけで、必ずしも彼と特定的に結びついたものとは見なしがたいようです。

 あるいは「万学の祖」=アリストテレスという密接な結びつきは、むしろ日本でいつの間にか慣用化されたものとも考えられそうです。しかし、その場合も誰に始まったかはすぐに特定できそうにありません。19世紀ドイツの一般的哲学本(ヴィンデルバントやシュヴェーグラーなど)にかなり類似した文言をアリストテレスに充てた箇所が見られますので、そのあたりに淵源している可能性もありそうですが、目下のところ回答者としては憶測を出ません。

 以上は、まったく暫定的な回答でしかありません。しかし興味ある事柄でもありますので皆さまからご存知のことをお寄せ下さらんことを期待して、あえて中途半端な段階での回答を提示する次第です。

(回答者:K. U.)

回答 2

「万学の祖」の出典について

 これといったものがなかなか見つからず苦労したのですが、次のような出典らしきものあるいはかなり古いと言えるであろう用例を発見しました。

 それは、17世紀のイタリアの人で、イエズス会士、後に枢機卿になった、スフォルツァ・パッラヴィチーノ(Sforza Pallavicino)の『書簡集(Lettere)』です。没後出版された17世紀の古版本がネットで読める(この本は無料)のですが、そのp.111に「Aristotile, unico padre di tutte le scienze, salvo della mattematica e della medicina」(「数学と医学を除いては万学の唯一の祖であるアリストテレス」)とあります。(パッラヴィチーノの『書簡集』にこの言葉があるという情報自体は、M.Feingold (ed.), The New Science and Jesuit Science: Seventeenth Century Perspectives. Kluwer, 2003. pp.162&177, n.28.から得ました。)

 実は『書簡集』のp.108にも「salvo della mattematica e della medicina」を含む参考になりそうな箇所がありまして、こちらも、一応、アリストテレスのことを、「l'inventore e 'l fondatore della Logica, della Retorica, della Morale, della Politica, della Poetica, della Fisica, e della Metafisica」(「論理学、弁論術、道徳学、政治学、詩学、自然学、形而上学の発明者にして創設者」)とは言うのですが、「万学の祖」として賞賛しているわけでは必ずしもなく、自然学など「最後の三つ」については「その多くの不明瞭さ・混同・誤りのゆえに」アリストテレスを「弁護したくない」とも述べています。

 そこで、『書簡集』のp.111の問題の個所の直前の部分をよく読みますと、まずガリレオを「数学の点で、そして、運動に関する経験と思索の点で」すごいとほめ(パッラヴィチーノはイエズス会に入る前にガリレオと親交があったのがわざわいしてローマを追放されていた頃があったということです)、運動のことに関してアリストテレスは「実験をしなかったのでたびたび過ちをおかした」とし(ただし「ガリレオが過ちをおかさなかったわけではない」と断り書きが入っています)、「その他の点では、貴下と同様な才能ある人は、数学と医学を除いては万学の唯一の祖であるアリストテレスを賞賛せざるをえないということを、私は知っています」と続けています。

 そういうわけで、「万学の祖」という言葉の祖が、仮にパッラヴィチーノだったとしますと(この点はもっと調べる必要があるので今は結論は出せませんが)、この言葉は、もともと、アリストテレスを賞賛することを意図して作られたものではなく、ガリレオをもちあげてアリストテレスを下げるというイエズス会士としては少々危険な発言をする際に予防線を張ることを意図したものだったという、ちょっと人を驚かせるような結論になるかもしれません。ただ、「万学の唯一の祖」と「数学と医学を除いては」はコンマで区切られており、「数学と医学を除いては」が単独で別のページに出てくることを考えますと、もとからあった「万学の唯一の祖」に「数学と医学を除いては」を付け加えることがパッラヴィチーノのこだわりであって、「万学の唯一の祖」はもとからあった表現だということもありえると思います。

(回答者:坂下浩司)

(キーワード:Aristotle, the father of all the sciences)