Q&Aコーナー
質問
時の神『クロノス』についてお伺いしたいのですが。
クロノスの像はカラスを従えていたという話がありますがそれは事実でしょうか?
またクロノスの語源は『カラス』を意味する『corone(ギリシャ語)』や『Corvus』なのでしょうか?
もしくは時間を意味する『χρόνος』が語源なのでしょうか?
ご回答お願いいたします。
(岸本誠 様)
回答
ご質問の諸点にお答えすれば、「最後のところはyes、真ん中はno、最初の問いについては知りません」ということになります。
クロノス χρόνος は普通名詞で「時、時間」の意味で、それが神格化されて「時の神 Χρόνος」となることがあります。図像表現としては、翼を備えた精霊とされることが多いようですが、カラスを従えたものは、私は知りません。
カラスにはκορώνη(コローネー、ズキンガラス)、κολοιός(コロイオス、コクマルガラス)、κόραξ(コラクス、ワタリガラス)などがあり、いずれも k の音を含むものの、χ(クヒー、chの音)とは別で、語源的にχρόνοςとは無関係です。
ご質問から思いつくのは、χρόνος(クロノス、時間)とΚρόνος(クロノス、ギリシア神話でゼウスの父親。農耕神)の混同の問題です。「ギリシア人の中に、クロノスKronosとは時Chronosのアレゴリーである・・・と言う人がいる」(プルタルコス『エジプト神イシスとオシリスの伝説について』32節。柳沼重剛訳、岩波文庫)と記されるように、ギリシアでもこの二つが混同(あるいは同一視)されることがよくありましたが、言語学上は別のものとされます。
クロノスKronosについては、R.グレーヴス、高杉一郎訳『ギリシア神話』(紀伊国屋書店)上巻、30頁に、「クロノスはもと烏と結びついたティーターンである」とありますが、この典拠も私は知りません。(序でながら、この本は翻訳は素晴らしいが、内容は私はあまり信用していません。序での序でとして、高杉一郎さんのお名前が出た以上、『極光のかげに シベリア俘虜記』(岩波文庫)に感銘を受けたことも申し添えておきたくなりました)。
クロノスはギリシア固有の神か先住民族から受け継いだ神なのか不詳で、従って、語源的にもギリシア語では納得のいく説明ができないようです。クロノスはヘシオドス『神統記』では子供たちを嚥み込む残虐な暴君とされますが、一方で黄金時代の支配者との伝承もあり、古くは農耕神であったようで、ローマの農業神サトゥルヌスと同一視されます。図像表現では大きな草刈り鎌を持って表され、(鎌は草刈り、収穫の道具であると共に、死神の持ち物でもある)、この鎌が烏の嘴に似ているところから、クロノスと烏の結びつきが説かれるのかな、などと思っています。
(なお、今回は図像が問題となっていますので、『古代神話図像辞典』
Lexicon Iconographicum Mythologiae Classicae
を調べてみるべきなのですが、今ちょっと大学まで調べに行くことができません。後日これを見て、カラスを伴った図像があるようでしたら、訂正稿をこのページに掲載いたします)
(時の神 Χρόνος / ©Twice25: Wikimedia Commons)
(回答者:T.N.)
回答(続き)
「クロノスの像がカラスを従えているというのは事実か」とのご質問に対して、とりあえず先日のようなお答えを致しました。その後、Lexicon Iconographicum Mythologiae Classicae のKronosの項を確かめたところ、カラスを伴う図像は見あたらなかったものの、ある読者から、「Gertrude Jobes,Dictionary of Mythology Folklore and Symbols(1962) の CROW とRAVEN との両項に、カラスはアスクレーピオス、アポッローン、クロノス(但しCronus)、サートゥルヌス、etc.の聖鳥である旨、記されている」とご指摘を頂きました。そこで、その典拠を調べていますが、今のところ見つけられないでいます。お気づきの方にはご教示いただけると幸いです。
(回答者:T.N.)