Q&Aコーナー

質問

 お世話になります。
 早速質問なのですが、ウィキペディアのメデューサの項目からです。

そこで、「「自分の髪はアテーナーの髪より美しい」と自慢したメドゥーサはゼウスの娘アテーナーの怒りを買い、美貌は身の毛のよだつような醜さに変えられ、讃えられるほどの美しい髪ですら、一本一本を蛇に変えられてしまう」

「別の伝承では、美少女であったメドゥーサは次第に傲慢になっていく。そして、とうとう女神アテーナーよりも美しいと公言してしまう。この発言がアテーナーの怒りを買い、醜い姿に変えられた。この伝承では、姉妹が存在する場合としない場合がある。メドゥーサは元は単独の女神であったとも考えられる。この話は機織りの娘アラクネーの物語とも混同されやすく、同一視されることもある。」

と、あるのですが、このメデューサの変貌理由がどこから出てきたのか知りたいのです。

 ウィキペディアの同項目からは、変身理由としてポセイドン神殿での行為も挙げられていましたが、それはオウィディウスの「変身物語」の巻4で発見しましたが、そこでは「髪が美しい」とはありましたが、それによって傲慢になったとまではとれませんでした。

http://www.theoi.com/Pontios/Gorgones.html
こういうサイトも見つけたので、探したのですが、私の英語能力が低いせいか、それらしいのは見つけられませんでした。
もっと新しい時代のものなのかもしれないと思うのですが、一応「西欧古代神話図像大鑑」だけは紐解いてみたのですが、それらしい記述は見つかりませんでした。

 ウィキペディアの「花咲く野で神に略奪された少女としてペルセポネーに近く、「女妖怪」はいわば美しいペルセポネーのもうひとつの面といわれる」という項目はオデュッセイアの11.634が出所だと書いていたので見てみましたが、

「冥府の女王ペルセポネイアが冥王の館の中から、恐るべき怪物、ゴルゴの首でも差し向けてくるのではないかという気がしたのだ」

と翻訳されていて、冥女王の一面というよりは部下の扱いのようで、差し向けてくるのは別にケルベロスでも構わないように思います。

 このウィキペディアのメデューサが傲慢のため罰せられたという神話が出てくるのは一体どの辺りの時代の、どの本からなのでしょうか? 

利用した本
オウィディウス「変身物語」岩波文庫
ホメロス「オデュッセイア」岩波文庫

(仁史 様)

回答

 大変興味深いご質問、ありがとうございました。

 ギリシア・ローマ神話に関して調べる際に簡便なものとして、グリマルの神話辞典(P. Grimal, Dictionnaire de la Mythologie Grecque et Romaine, Paris 1951、英訳:A. R. Maxwell-Hyslop (tr.), The Dictionary of Classical Mythology, Blackwell 1986)があります。国内でよく参照されている高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』(岩波書店, 1960)の記述も、これに多くを負っています。そのグリマルの神話辞典のGorgon (=Medusa)の事項に挙げられている典拠リストを一つ一つ確認していくと、メドゥーサの変身の原因を「自分の髪を女神アテーナーの髪より美しいと自慢したこと」としているものとして、セルウィウスによるウェルギリウス『アエネーイス』の古注(Scholia)に、該当する記述を発見できました。 セルウィウス(Servius)は後4世紀から5世紀の文法家です。彼による、ウェルギリウス『アエネーイス』第6巻289行目の“Gorgones”という語への注釈に、以下の記述があります(訳文は拙訳です)。

Medusa, erecta favore Neptuni, ausa est crines suos Minervae capillis praeferre: qua re indignata dea, crines eius in serpentes vertit eamque excidi a Perseo fecit luminibus orbatam, fecitque ut quisquis caput eius vidisset verteretur in saxum.
「メドゥーサは、ネプトゥーヌス(=ポセイドーン)の寵愛を得たことで自惚れ、大胆にも自分の髪の毛をミネルウァ(=アテーナー)の頭髪より高く評価した。それに憤りを覚えた女神は、彼女の髪の毛を蛇に変え、彼女がペルセウスに斬り倒され命を失うようにした。また、彼女の頭を見てしまった者は誰でも、石に変わるようにした。」

 ただし、このセルウィウスが伝えるバージョンそのものは、彼以前の時代に遡るものであり、彼はそこからこの話を引いてきたと考えるのが妥当です。

 ヘーシオドス『神統記』273-279には、メドゥーサの容貌については触れられていませんが、「ポセイドーンと交わったこと」は述べられています。またメドゥーサの容貌については、ピンダロス『ピューティア祝勝歌』12. 16に「頬美しいメドゥーサの頭を」という表現が出てきますし、アポロドーロス『ギリシア神話』2. 4. 3では、「ゴルゴー(=メドゥーサ)は美しさについてさえ女神アテーナーに比されたいと望んだ、と言う者たちもいる」 という記述があります。

 またオウィディウス『変身物語』4. 793-803では、ご確認された通り、「メドゥーサが自分の髪を自慢した」という内容こそ述べられていないものの、「メドゥーサの髪の美しさ」・「ポセイドーンと交わったこと」・「アテーナーに髪を蛇に変えられたこと」が述べられています。

 これらの諸伝承を考慮するなら、メドゥーサが「自分の髪を女神アテーナーの髪より美しいと自慢した」ため髪を蛇に変えられたというバージョンも、古代ギリシア・ローマ時代のどこかの時点で発生していたと考えるのが自然であると思われます。

 なお今回の調査では、ロッシャーの浩瀚な神話辞典(W. H. Roscher, Ausführliches Lexikon der griechischen und römischen Mythologie)は参照しておりません。そちらにあたるとまたより詳しいことも分かるかと思います。またこれも未確認ですが、メドゥーサの神話に関する単著も出版されているようです(S. R. Wilk, Medusa : solving the mystery of the gorgon, Oxford 2000)。

(回答者:西井 奨)