Q&Aコーナー
質問
ホメロスの叙事詩は古代にはどのように吟唱されたのでしょうか。メロディや伴奏はつけたのでしょうか。(KiKi 様)
回答
ご質問、有難うございました。
ホメロスの吟唱の実際については直接記録したものがなく、関連する文献から想像するしかないようです。ホメロス『オデュッセイア』1歌に登場するアオイドス(aoidos,歌人)のペーミオスは竪琴(kitharis)を持ち、8歌の宮廷歌人デーモドコスも竪琴(phorminx)を奏でて歌いますが、ホメロスに登場するアオイドスと後代のラプソードス(rhapsodos,吟唱者)は異なります。アオイドスが自分で作った歌を歌うのに対して、ラプソードスはホメロスの叙事詩をはじめ、既に作られた詩を吟唱する。その違いに加えて、パフォーマンスにも違いがあったかもしれません。
Vulci出土のアンフォラ(前5世紀、アッティカ黒像式)に描かれたのが有名ですが、ラプソードスは杖を持っていることが多い。竪琴を持たぬということから、メロディ、伴奏はなかったのではないかと考えられます。(ヘシオドス(『神統記』30)も、ムーサイから召命を受けて詩人となった時、竪琴でなく、月桂樹の杖を授けられます。)
プラトン『イオン』532D他で、叙事詩の吟唱者はまるで役者のようだ、と言われたり、アリストテレス『詩学』1462a6に、ソーシストラトスなる吟唱者が演技過剰と言われたりするところからしても、竪琴は持たず、従ってメロディはなかったと考えられそうです。
ただし、ホメロス風『ヘルメス讃歌』425以下では、ヘルメスは自ら発明した竪琴を奏でながら、アポロンの前で神々の誕生を歌ってみせます。これは伴奏が伴った例です。
序でながら、アイヌのユーカラの演奏は、歌謡というより吟唱、または朗詠といった単調なものであるが、「演者自ら六七寸程の木片を手に持って、フート毎に、それで爐ふちを叩きながら謡えば、聴き手も、手に手にあり合せの同じ程の棒片を持って、座を叩きながら、間にヘッ! ヘッ! と声を投げて拍子を合せる。勢込んだ所に進むと、演者と聴衆と同音に入りみだれて嵐の吠えるように、大きな男声のコーラスが爐をめぐって渦巻き起るのは、一種奇異な荘厳を極めるものである」(金田一京助『アイヌ叙事詩 ユーカラ概説』)とあります。
キルギス映画『白い豹の影』でも、老婆が爐ばたで英雄叙事詩『マナス』を歌う場面がありますが、涙を流しながら、しかし伴奏も何もなく、単調に歌い続けるだけでした。
ラプソードス(Vulci出土のアンフォラ) / ©The Trustees of the British Museum
(回答 T.N.)