Q&Aコーナー

質問

詩人ホメロスは盲目だとされてきましたが、その論拠（あるいは、その出典）を教えてください。（白郡　亘　様）

回答

　ご質問有難うございました。

　ホメロスの伝記については、二つがよく知られています。伝ヘロドトスの「ホメロス伝」（松平千秋訳『イリアス』、岩波文庫（下）に邦訳があります。２世紀頃の成立）と、作者不詳「ホメロスとヘシオドスの歌競べ」（松平千秋訳、ヘシオドス『仕事と日』、岩波文庫、に付録として収載。２世紀初めの成立と考えられるが、ニーチェのように、前４世紀の作品とする説もあった）。「ホメロス伝」（邦訳、456～459頁）によると、クレテイスという娘が、スミュルナ(小アジア西岸）のメレス川ほとりで私生児を出産、メレシゲネス（メレス川で生まれた男）と名付ける。彼はペミオスなる学校教師の養子となり、教育を受けて、養父の死後、教師を継ぐ。のち、メンテスに誘われ、船に乗って世間を見る旅に出る。イタケ島で目を患い、失明する。あるいは、一旦癒えるが、のちコロポン（小アジア）に戻って、完全に失明、故郷に帰り詩作に専念する。

　「歌競べ」（邦訳110頁）によると、ホメロスはメレス河伯とニュンフのクレテイスの子であったが、盲目となってホメロスと改名した。スミュルナの土地の言葉で、盲目の人をホメロスと呼んだから。

　二つの伝記は全くのフィクションですが、ホメロスを盲目としたのは、『オデュッセイア』８歌６２行以下に登場する、パイアケス人の王、アルキノオスの宮廷歌人、デモドコスが盲目であったところから着想したものと思われます。ギリシア古代人の伝記は、作品から逆に作られたフィクションが多いのです。

　もう一つの典拠。キュナイトスなる詩人が前504年頃、「アポロン讃歌」を作って、それをホメロス作とした、と伝えられます。その「アポロン讃歌」172行に、「キオス島の盲目の詩人」というのが出て、キュナイトスはホメロスを盲目の詩人と呼んでいることになります。

（回答　T.N.）