日本西洋古典学会第50回大会研究発表要旨

『テーバイス』独自の特色−−『アエネーイス』と比較して−−
山田 哲子

 周知のように、スターティウスの『テーバイス』はウェルギリウスの『アエネーイス』を範としている。だがそれは単なる模倣に終始しているということではない。『テーバイス』には独自の特色がある。このことは両者を比較することでむしろ鮮明となる。
 本発表ではまず、Theb. 2.89-133(ラーイオスの亡霊がエテオクレースの夢に訪れる場面)を、Aen. 7.406-474(トゥルヌスの夢にアレクトーが訪れる場面)に比較する。ここから明らかとなる『テーバイス』の特色としては、(1)近親間の憎悪、(2)独裁権力への渇望、そして(3)「自分を脅かすものへの恐怖心が、攻撃に転じる」という三点があげられる。
 (1)と(2)の特色は家族や祖国に対する責任感の欠如に基づいており、pietasを規範的な徳とする『アエネーイス』の世界(敵役であるトゥルヌスでさえも祖国防衛という名分を掲げている)からは遠く離れていることを示している。とはいえこれら二つの特色は、この神話を素材とする他の作品にも見出すことができる。しかし(3)の特色は、他の作品にはない『テーバイス』独自のものである。(登場人物が恐怖にかられる様は『アエネーイス』でもしばしば描写されているが、それが攻撃に転じるということはない。)
 こうした三つの特色は、他のエピソードの比較(Theb. 8.1-126アンフィアラーオスのカタバシスと、Aen. 6.384-410カローンの場面)からも確認される。とりわけ(3)は1.127,5.346-356,7.108-144,12.683-697,など『テーバイス』ではくりかえし現れる。
 このように『テーバイス』においては、『アエネーイス』を範としてはいてもその価値観はもはや力を持たず、かわりに憎悪や権力欲や恐怖が力を振るう陰惨な世界が展開しているのである。

悲劇に固有の快―アリストテレス『詩学』より―
戸高和弘

 『詩学』第14章においてアリストテレスは、「悲劇に求める快は、どんな快でもよいというわけではなく、悲劇に固有の快でなければならない。そして詩人は、いたましさと恐れからの、模倣を通しての快を産み出さねばならないのであれば、そうした感情を出来事のなかに作りこまねばならないのは明らかである」(1543b10-14)と悲劇の機能を規定している。ここで最も注目すべきは、「模倣を通して」という部分である。というのも、いたましさと恐れという感情は『弁論術』において苦痛と定義されており、本来苦痛である両感情から悲劇に固有の快が産み出されるという一見すると矛盾している発言を解く鍵は、まさにこの「模倣を通して」という部分にあるからである。
 『詩学』第4章において述べられているように、実物なら見るのが苦痛なものでも、それが巧みに模倣されたものを見るのは快い。見る人は、対象が模倣されたものであり実物ではないと知っているがゆえに、対象をこころゆくまで眺め快を感じることができる。言い換えれば、模倣によって見る人と対象との間には心理的な距離が生じているのである。悲劇において観客が、いたましく恐ろしい出来事から快を感じるのは、この心理的距離が生じているからである。しかしその一方で、ただ単に心理的距離が生じるだけでは、観客は登場人物に対して共感を抱くことができず、いたましさも恐れも感じない。舞台上の出来事が模倣であり現実ではないと知りながらも、その出来事が現実であるかのように見える場合にのみ、観客は登場人物に共感するのであり、いたましさと恐れとを感じるのである。そして登場人物の言動が単なる絵空事ではなく真に迫ったものとなるのは、行為の模倣である筋がもっともらしく、あるいは必然的に展開する場合である。すなわち悲劇は、模倣であるかぎりで心理的距離を作り出しながらも、もっともらしい、あるいは必然的な筋の展開によってその距離を観客に意識させない。模倣が作り出すこの微妙な心理状態のなかでこそ、悲劇に固有の快は産み出されるのである。

ヘルメイアス派遣場面の照応関係をめぐって−Il.24.333-348, Od.5.28-32を中心に−
川上 穣

 Il.、Od.は、共通の語句、表現が多く、特にIl.24歌はOd.と共通の表現が多 く、その関係をめぐって、多くの議論がされてきた。このヘルメイアス派遣場面に関しても、例えば、UsenerなどはOd.の詩人がIl.の影響を強く受け、このヘルメイアス派遣場面の表現を幾つかに分け、Od.の中に配置したと考えた。
 しかし、語句の相似がそのまま両詩の関係を示すわけではない。二つのヘルメイアス派遣場面は確かに照応関係にあるように見えるが、それのみを根拠に両詩 の詩人を語るべきではなく、前後の文脈を踏まえ、各場面が全体の流れの中で果 たす役割を再検討する必要がある。ここで両詩の派遣場面をより大きな視野によ って見ると、テティスやアテネなどの神がアキレウスやオデュッセウスなどの不 幸な状態の人間を哀れみ、ゼウスに事態の改善を願い出、それをゼウスが聞き入 れ使いを送る、使いの神がそれを伝え、相手の応答があり、人間の行動が始まる、という共通の構造が存在することが分かる。
 本発表では、この派遣場面を前後の文脈と合わせて構造分析し、二つの場面が、各詩の流れの中で、果たしている役割を見直す。その上で、これらの場面が 共通の構造パターンをもち、同じ詩作体系の伝統の中で形成されたものであるこ とを明らかにし、語句レベルのみならず、より深い結びつきをもったものであることを示し、両詩の詩人の関係について考える一助とすることが目的である。ま た、パリ以降の口承詩論においては、語句、定型句が伝統の中で蓄積されてきたとみなされているが、両詩に共通の構造パターンも伝統の中で蓄積され、継承していったものとして捉え、詩人の詩作のあり方を見直すことを試みる。

ヘルメス柱像破壊事件にみる親族・ヘタイレイア・ポリス--紀元前415年のアンドキデス--
栗原 麻子

 本発表は、紀元前415年のいわゆるヘルメス柱像破壊事件の当事者群像を描き、かつ事件にたいする同時代人の言説を分析することを通じて、古典期アテナイにおける私的人間関係と公的世界の相克関係を問題とする。ヘルメス事件にかんする主たる史料としては、トゥキュディデスの記述のほかに、自身事件経過に深くかかわったアンドキデスによる弁明『秘儀について』と、そのアンドキデスを批判する目的でつくられた伝リュシアス第Y番弁論、および関連する財産没収碑文がある。史料間には齟齬があるが、本発表はこれらを整合的に解釈し事件の真相を究明することを目的とするのではなく、むしろ事件にかんする同時代人の言説が示す、社会的価値観に注目する。アンドキデスは、父親を含む親族が冤罪で投獄されるという状況において、その状況に甘んじるか、あるいは真相究明を至上命題とするポリスの要請に応えて、自分のヘタイレイア仲間がヘルメス柱像破壊者であることを暴露するかの二者択一を迫られた。親族や友人、そして市民共同体といった、いずれもフィリアの理念によって結ばれる多層的な社会的諸関係のあいだのディレンマという、きわめて古典的な問題が、この事例においては歴史的な事件のなかに立ち顕れているといえる。幸いこのときのアンドキデスの行動については、アテナイ社会の反応と、本人の手になる釈明が共に残されている。史料間の比較対照の結果、発表者は、ポリス共同体全体の絆や公共性と、私的な友愛にもとづく相互扶助意識とが両立しない場合には、もとより後者を尊重すべきであるという共通の価値観がこれらの史料の前提にあったことを導いた。リュシアスのその他の弁論もまた同様の発想に貫かれている。しかもそれが民衆法廷という公の場で主張されていることに、民主制下アテナイの政治文化の特質を見出すことも許されるであろう。

セクストス・エンペイリコスにおける相対主義の問題
田中龍山

 「自然本来的に善いものは存在しない」という主張、あるいは「個人的な善」への言及、さらには「ある特定の時期における善」や「ある特定の状況における善」の容認など、『倫理学者への論駁』(M.11)に見られるセクストスの相対主義的発言は、『ピュロン主義哲学の概要』第1巻(PH.1)で表明されている判断保留としての懐疑主義と両立するのであろうか。
 当箇所への近年の論者たちの見解は、懐疑主義と相対主義の混同と見なし、セクストスの一貫性のなさを批判する解釈(Annas, Barnes)と、それらは判断保留へと導くためのad hominemな議論にすぎずセクストス自身が相対主義にコミットしているのではないと考え、彼を擁護する解釈(McPherran, Hankinson)に大別される。だがそれらはともに、相対主義的発言を懐疑主義そのものとは相容れない異物と見なす点では一致する。そのような中で、双方の解釈を退け、セクストスの懐疑主義の発展の中でこの問題を解消しようとする見解が出された(Bett)。それは、M.11の当箇所とPH.3における類似箇所との相違、発展に注目し、M.11の相対主義的な発言を「セクストスに先立つピュロニズムの伝統の遺物」と見なし、その正当性を認めるのである。
 本発表は、これらの論争を導きの糸としながらも、上記の相対主義的発言を異物や遺物としてではなく、セクストスの懐疑主義の一側面として解釈することを試みる。私が論じたいのは、善や悪といった倫理的な事柄に関しては、判断保留の後にもなお相対主義と解される立場が残り得るのではないか、という点である。その際に手掛かりとするのは、アタラクシアとともに懐疑主義の目的でありながら、自然本来的な善や悪が問題となる局面でしか語られない「メトリオパテイア(節度ある感情)」という概念である。

エウリピデス『トローアデス』のヘレネー裁判
平田松吾

 『トローアデス』は、敗戦国の女性の悲運というその題材、およびその上演年代(前415年)ゆえに、ペロポネソス戦争、とりわけメロス島事件という時代背景との関連で語られることが多かった。「戦争被害者たちの嘆きの劇」に、詩人の時代状況への何らかのコミットメントを読みとろうとする従来のこうした解釈傾向に対して、近年、この劇で幾度か展開されるレトリカルな議論に注目し、知的エンターテインメントとしての側面を強調する解釈がなされつつある。両極端とも言える二つの解釈傾向が存在する大きな理由は、この劇の各エピソード間の緊密な連関が見えにくい点にある。悲劇としての完成度が低いから、女たちの嘆きに注目するか、レトリカルな要素に注目するかしかない――有り体に言えばこれが『トローアデス』解釈の現状であろう。後者の解釈にとって第三エペイソディオンはとりわけ重要である。ヘレネーとヘカベーの争論(アゴーン)は、詩人がソピスト的議論を駆使して知的遊戯を行っているかの印象を与え、一見すると、女たちの嘆きが横溢する他のエペイソディオンから「浮いて」見える。
 本発表は、ヘレネーの弁明とヘカベーの反駁を考察するとともに、従来充分に検討されていたとは言いがたい争論のコンテクスト――争論の裁判官であるメネラーオスの言行、および争論の観客である兵士団――に注目し、ヘレネーの「裁判」場面とそれまでの筋の進行との強固な連関を解明する。そこでは ^ヘレネーに対するメネラーオスの立場、_ヘカベーがヘレネー裁判を提起した理由、`ヘカベーの反駁におけるパリスの審判への言及の意味 が考察の中心となる。『トローアデス』をあくまで悲劇作品として解釈するこうした作業を踏まえた上で、この作品と時代背景との関連についても示唆を行いたい。

クイントス・スミュルナイオスの戦闘場面の文体の特徴
森岡紀子

 クイントス・スミュルナイオスの『ポスト・ホメーリカ』は、その題名のとおりホメーロスの『イーリアス』に描かれた出来事--ヘクトールの戦死--の後のトロイア戦争のてんまつを語る作品である。この作品はホメーロス叙事詩の拙い模倣とされてきた。模倣の最たるものの一つとしてF.Vianは戦闘という題材をあげている。確かに、アポローニオス・ロディオスが手の込んだ方法で ホメーロス詩の要素を自作に取り入れているのに比べれば、一見 単純な模倣である。しかしVianは、クイントスという詩人には、 単なる模倣から自分自身の文体への成長もみとめることができると評価している。この評価が戦闘場面にもあてはまることを論証するのが、本発表の目的である。
 『ポスト・ホメーリカ』には、「トロイア方の援軍を率いた将が遠方から到着し、戦場で活躍した後、ギリシアの将と闘って戦死する」というパターンの物語が3つ描かれている。第1巻のペンテシレイア、第2巻のメムノーン、第6、8巻のエウリュピュロスの話がそれである。
 この3つの挿話の戦闘場面(それぞれの将が最後の敵と出会うところから敗死する直後まで)を比較して、文体の変化がどこに 見られるかを考察する。具体的には、第1巻538-658行、第2巻395-548行、第8巻132-220行において、動詞やepithetの用法、定型句、非ホメーロス言語等について先行文学の文体との比較を行う。なお、挿話の構成や内容についても若干ふれることにする。

アリストテレス『哲学について』(Fr.16 Ross)における「神」概念
赤井清晃

 3巻からなると推定される初期アリストテレスの対話篇『哲学について』の主に第3巻の資料と考えられるもの(Frr.12a-28 Ross)の内に、シムプリキオスが、「神的なもの」の不変性を論じている『天体論』A巻9章へ注釈をするにあたって、アリストテレスが『哲学について』で行なった「神の存在証明」とも言える議論に言及している 箇所がある(Fr.16 Ross)。そこでは、『天体論』の当該箇所への注釈として必要と思われる「神的なもの」の不変性の論証だけでなく、それに先立って、「最高善」としての「神」の存在証明が述べられている。ここに見られる「神」の存在証明の議論は、「コルプス(著作集)」には見い出されないものであり、その理由は、シムプリキオ ス自身が付言しているように、プラトン(『国家』第2巻)の思想に基づいているからである、との解釈がある(例えば、ベルナイス、ヴィルペルト)。これに対して、シムプリキオスの注釈は、当該箇所に対して、逐語的に対応しており、シムプリキオスが、プラトンの『国家』第2巻、とのみ付言して、その内容を直接引用しなかったのは、プラトンの当該箇所には、これに該当する記述を見い出しえなかったからである、という解釈もある(例えば、ドゥームラン)。これらの解釈が可能であるかどうかは、それぞれの解釈者が、アリストテレスの言う「神的なもの」をどう捉えているかにかかっている。つまり、「神的なもの」が不変であることと「最高善」であることが、「コルプス(著作集)」での各局面における「神」「神的なもの」、すなわち、不動の動者(第一動因、目的因、超越者としての局面)あるいは天体(複数性)にいかに妥当するかしないかとの捉え方による。本発表では、「神的なもの」の不変性と「善」性が、当該箇所から見て、「神的なもの」の各局面においていかにして可能であるかを明らかにする。

カピトリウムの攻防--O. Skutschに対する反論--
日向太郎

 紀元前390年ガリア人はローマに侵攻し、占領した。リウィウスやウェルギリウスらによれば、最後の砦となったカピトリウムだけは、鵞鳥の騒ぎで敵の接近を察知したマンリウスによって奇跡的に守り抜かれた(「防衛説」)。しかしその一方で、その最後の砦すら攻略されたとする「陥落説」も存在したことをO. Skutsch(以下Sk.)は1953年以来提唱し続け、エンニウス『年代記』断片227-8 Sk. (=164-5 V.2)は「陥落説」を伝えているとみなす。たしかに、ルカヌスやテルトゥッリアヌスの一節は「陥落説」の存在を示唆する。だが、エンニウスが『年代記』においてこの説を採用したかどうかは別問題である。
 本考察では、Sk.及びその支持者への反論を試みる。(1)Sk.は、上記断片のvigilesque repente cruentant(228)にカピトリウムの夜警が殺されたことを読み込もうとするが、cruentantに「殺す」の意味は認め難い。また、repenteが行為の完了的性格を強調していると主張するが、この副詞自体は未完了的な含意をまったく排除するわけではない。(2)Sk.が直面せざるを得ないより困難な問題は、『年代記』の主題を列挙するプロペルティウス3, 3, 7-12である。12は明らかにカピトリウムが守られたことを意味している。主要写本の読みcecinit(7)のかわりに副次的写本のceciniを採用し、列挙された主題を歌ったのはエンニウスではなく、プロペルティウス自身であったとするのは無理がある。(3)カピトリウムはローマにとって神聖不可侵であり、国家の栄光と存続を保証する場所である。白銀時代の詩人やキリスト教作家とは異なり、共和制の国家的イデオロギーに同化していたエンニウスが、紀元前二世紀前半のローマにおいて「陥落説」を採用し得たかどうかは疑問である。
 以上により、エンニウス『年代記』においてはむしろ「防衛説」が採用されていた可能性が高い。

古典期タソスのぶどう酒取引き
古山夕城

 エーゲ海北岸域に位置するタソスは、本土側に有力な金鉱脈を保持する島嶼ポリスとして、また非ギリシア世界と境を接する周縁地域のポリスとして、独特の性格を形成させた。近接する対岸に建設したアポイキア植民市に対し、強い影響力を持ち続ける対岸地経営を行っていたこと。領内での収穫物に対する税の存在が判明するポリスであること。「アテナイ帝国」下でアテナイ人に農地の不動産所有を認めていた事例を提供すること。スタンプ・アンフォラという特別な史料を、大量に提供するポリスであること。これらの事象は、タソスをとりまく自然的・歴史的環境が、非常に個性的なポリスを育て上げたことを示すものであろう。
 それはすなわち、それらの現象がアテナイとは別個の展開を遂げたポリスの内実を垣間見せるものであるということであり、タソスのケース・スタディをギリシア世界に成立した国家の特質解明の試みに位置づけることを可能にするという点で、重要な意味を持つことを示唆しているといえよう。ただしそれぞれの事象は、比較的史料に恵まれたタソスにおいてさえ、断片的に知られるのみであって、それら一つ一つの実態は詳らかになってはいない。
 そこで本報告では、いずれの事象にも関連すると思われる研究対象として、タソスにおけるぶどう酒取引きを取り扱うことにした。それは、金と並ぶ対岸地の主要生産物としても、収穫税の主要な課税対象としても、アテナイ人所有の農地における主要作物としても、そしてスタンプを施されたアンフォラの用途としても、ぶどう酒が想定できるからである。その際、ぶどう酒の取引きを規定した2枚のタソス碑文を、上に述べた現象の関連史料と比較検討し、加えてタソス島の領域研究で得られた考古学的知見を踏まえて、輸出向け農産品への国家統制の具体的なあり方にアプローチしてみたい。

カトゥッルスの弁論批判 ―第44歌をめぐって―
大芝芳弘

 カトゥッルス第44歌は、弁論を批判する趣旨の詩である。詩人はキケローの友人でもあるセスティウスの宴に招かれ、豪華な食事に惹かれて彼の弁論を読んだが、その文体の frigus 「寒け」に触れて風邪を引き、自分の農園の別荘に引きこもって風邪を治した。そこで詩人はこの農園に呼びかけて感謝を語るとともに、今後はセスティウス自身が風邪を引くがよいと呪うのである。
 問題の frigus とは大仰など悪趣味な文体の欠陥を指す批評用語だが、ここではそれが原因で風邪を引いたとする洒落を軸に弁論への批判がなされている。その限りでは全体的な趣旨は単純明瞭だが、少し子細に見ると幾つかの疑問点が見出される。詩人は自らの農園をさながら風邪を癒してくれた神のように見立て、それに対する感謝と誓いの形式で語る。これはどういう意味を持つのか。また冒頭でこの農園の所在地がサビーニー領かティーブル領かが5行にも亘って問題とされるが、それは詩全体の趣旨とどう関連するのか。また風邪の原因としての読書と豪華な宴の関係、読書と招待との関係にも不明確な点がある。さらに最後の呪いの部分は全体の脈絡の中でどんな意味合いと役割を持っているのか。そしてこれら諸点との関連からも特に問題となるのは、最終行最後の一語である。ここは Lachmann 以降 legi という修正読みが大方の校訂版と論者に採用されている(他に fecit と読む人もいる)が、果たしてこれに再考の余地はないのかどうか。
 本発表はこれらの疑問に対して、作品の統一性という観点から再検討を加え、カトゥッルスの他の作品も考慮に入れながら、改めて frigus 批判の本質的内容と全体の趣旨を考察することを目指す。論議の主眼点の一つは、最終行の修正読みの問題であるが、これを写本通り legit と読むことによって詩全体の統一性と本来の意味とが十全に回復されることを論じたい。

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