著者からのメッセージ

松本仁助:プルタルコス『モラリア3』

プルタルコスの伝える古代の女性像

プルタルコス『モラリア3』を訳しながら思ったことの一つは、ヨーロッパ古代の女性たちが、男性たちに劣らぬ、いや場合によっては男性たちをも圧倒する強い気性を持っていたことである。そのことを以下に訳文順に紹介しよう。

 マケドニア王ピリッポス二世(在位、前359─336年。アレクサンドロス大王の父)の面前で裁かれることを一人の老婆が願い出てしばしば彼を困らせたので、自分には暇がないのだと彼が言ったとき、老婆が「それなら王を辞められよ」と大声で叫んだ。ピリッポスはこの言葉に驚き、ただちに彼女のみならず他の者たちの言い分をも聞いたということである(『王と将軍たちの名言集』「アレクサンドロスの父ピリッポス」31節)。

 またペルシア戦争(前480年)におけるアテナイ軍の指揮官であったテミストクレスは、「母親に対して傲慢なわしの息子は、ギリシア人の最大の権力者だ」と言った。そして彼は続けて、「というのは、アテナイ人がギリシア人を支配しているが、そのアテナイ人をわし自身が支配しているのであり、そのわし自身を息子の母親が支配し、しかもその母親を息子が支配しているのだからな」と言った(同「テミストクレス」10節)。

 スパルタ王クレオメネス一世(在位、前517頃─488年頃)の娘ゴルゴ(後にペルシア戦争におけるテルモピュライの戦闘で戦死した有名なスパルタ王レオニダスの妻になった)は、ミレトスのアリスタゴラス(前500年におけるイオニアの反乱を扇動した男)が、イオニアのためにペルシア王に対する戦いに参加すれば多額の金銭を与えることを約束し、クレオメネスがそれを拒否すると、アリスタゴラスがさらに金銭を増額したとき、「父上、このよそ者を即刻戸外へ叩き出さなければ、この者はあなたを破滅させますよ」と父親に対しても憚ることなく直言したのである(『スパルタ女性たちの名言集』「ゴルゴ」1節)。

 またあるスパルタ女性は、自分の息子に盾を手渡し、励まして、「我が子よ、[戻るときは]これを持ってか、それともこの上に乗せられてですよ」と言った(同「未詳のスパルタ女性たち」16節)。

 本書は上に引用した二つの名言集のほかに、『ローマ人たちの名言集』『スパルタ人たちの名言集』『スパルタ人たちの古代の慣習』『女性たちの勇敢』を含む。ここでは四つの例しか紹介できなかったが、本書はこのようなインパクトのある言葉に満ちている。エピソードで人物像を浮かび上がらせることを得意としたプルタルコスが、ここでは有名無名の人々の発言によって、文化のあり方はもとより、古代社会で女性が果たした役割まで描いている。

松本仁助(大阪大学名誉教授)

書誌情報:松本仁助、プルタルコス『モラリア3』(京都大学学術出版会西洋古典叢書、2015年3月)