著者からのメッセージ

伊藤照夫:プルタルコス『モラリア10』

 本書プルタルコス『モラリア10』の翻訳をお勧めいただいた時、とくに「ヘロドトスの悪意について」には、訳註でプルタルコスをこっぴどくやっつけてやってください、というお勧めくださった方のご注文がありました。もちろん、半分は冗談でありましょうけれど、その時は私も大いに乗り気になり、かつまたプルタルコスの八方破れのヘロドトス批判をかつて苦々しく思った記憶がよみがえってくる始末。正直に申し上げますが、私のどこかにヘロドトスを贔屓にしたい気持ちがありました。ヘロドトスをプルタルコスの色眼鏡から救い出さねば、とまじめに考えていたのです。ところが、その意気込みも翻訳が進むにつれてあやふやになっていき、結局プルタルコスに何か同情したくなるような心境に至ったのはまことに奇妙。肝心の訳註も締まりのないものになってしまったのです。だからと言って、プルタルコスに丸め込まれたわけではけっしてないと信じています。ところで、先に翻訳した『モラリア9』所載の政治論的なエッセーからうかがい知られる彼の生きた時代とか環境とかは、このエッセーにもちらちらと顔を出してきます。そうしてみると、このエッセーの原動力であると同時に、偏執とさえ言えそうな彼の愛郷心なるものも、彼の生きた現実と彼の理想の葛藤から生まれたものでありましょう。彼は「ローマの平和」と帝政ローマの専制政治の恐怖を体験し、なおかつ前5世紀の古典ギリシアを夢想してやまない人物です。その人の熱い思いがどうやら私の目を晦ませたのかもしれません。

 具眼の士のご批判を期待します。

伊藤照夫(京都産業大学名誉教授)

書誌情報:伊藤照夫訳、プルタルコス『モラリア10』(京都大学学術出版会西洋古典叢書、2013年6月)
伊藤照夫訳、プルタルコス『モラリア9』(京都大学学術出版会西洋古典叢書、2011年5月)