コラム

西塔由貴子:西洋古典を残す〜World Museum in Liverpool

 英国でのResearch Tripの最初に、友人 Dr. Georgina Muskett (Ph. D) が勤める World Museum Liverpoolを訪ねた。大英博物館、ルーヴルその他、西洋古典関連の遺産を残す博物館・美術館は数多くあるが、実際に博物館に Curator として働く友人を持つことは極めて稀だ。今回は、World Museum Liverpoolという博物館訪問を通して、西洋古典を形として見せそして残す、という角度からレポートしてみたい。

 彼女の専門は特にミュケナイ時代の芸術で、そこを起点にジェンダー論など多角的な視点から研究を続けている。尊敬する同志の一人。彼女は Store、要するに倉庫というか地下での仕事の合間をぬって私との時間を作ってくれた。

 正面入口にはアテナ女神像。当然のことながら入館料はまだタダ。プラネタリウム。アクアリウム。それからちょっとした劇場まで。レクチャールームもある。これを無料でサービスしているのか、と思うと本当にスバラシイ。家族連れが多い。小中高校の生徒の団体も来る。研究者が訪ねてくることもある。子供が館内を走り回る。…遠足か。

 5階。オリンポス12神が迎え入れるようにディスプレイされ、ボードの色は、ギリシャにいた頃の青い海からとって青。これからスペースを拡大させる予定で、フロアの一角は薄い壁で仕切られていた。今後も多くの一般人に訪れてほしい。西洋古典に興味を持ってほしい。彼女は Facebookやブログ等のメディアを通した仕事もしている。ローマの展示品ではアウグストゥス像を含め、胸像が多く展示されているが、彼女の説明の中で最も面白かったのは、その見方。これまでは単に「ああキケロか」とかぐらいにしか見なかったが、近くでよ〜く見てみると、薄い線、細かい跡等々があり、18〜19世紀にかけて、いかに人々が遺跡を残すべく(売りわたすべく)作業を重ねてきたか、歴史の層を見て取れる。歴史のロマンを感じさせられたひと時であった。

 空間を囲むように並んでいる展示品、ガラスケースの間を、子供たちが競争している。アルテミス女神像にベタベタ触っている(後から注意されていたが…)。これが今後の彼らの教育に大きく関わる。小さい頃に、美術館や博物館で文化に触れるというのは長い目で見て非常に重要な過程であり、教育の一環だ。もし10年先、西洋古典学に興味を持ち学びたい、仕事に就きたい、と思った時に、その場所は確保されているのだろうか。地道ではあるが、彼女たちの努力が現在の西洋古典学の礎となり、今後の英国の西洋古典学につながる。

 英国でも人文科学系の研究分野に対する姿勢は厳しい。 Petition を募るページを頻繁に見かけるようになった。最近はLeicestershire にあるSnibston Discovery Museum閉鎖の件(興味のある方はこちらをどうぞ → http://politics.leics.gov.uk/Snibston)。政府は博物館や美術館へのサポートに要する予算をカットする方向にあるらしく、彼女も心配している。昨年のロンドンオリンピックで得た収益はどこに行っているのか。オリンピックを盛り上げるべく、博物館でもスポーツのセクションをオリンピック仕様に飾ってロンドンオリンピックを成功させようと政府をサポートした。しかもここ数年英国は皇室のおめでたいニュースが続いているので、間違いなく潤っている(はず)。それにもかかわらず、予算カットなのか。今後このままの状態のサービスを続けられるのかどうか。入館料を始めるか。これまで定期的に訪れていた家族連れは間違いなく来なくなる。…人件費削減か。地下にまだ眠っている多数のコイン等の修理・整備はどうするのか…。

 博物館の将来を憂いつつも、「地下で仕事をしていると、毎日が新しい発見なのよ!」と目を輝かせていた。彼女らの仕事に対する姿勢から学ぶべきことは多い。

 文献収集・論文執筆、学会での新しい出会い、旧友との再会と、各国の研究者との議論から刺激を受けながら実り多い英国滞在も半ばを過ぎた頃、偶然にも東京が2020年のオリンピック開催地に決定した。渡英前に BBC のラジオで「昨年のロンドンオリンピックでの収益は…」を聞いていた後ということもあって、Georgina との話をふと思い出す。賛否両論だろうが、東京に莫大な利益が予想される。そのオリンピックで得られる利益はどこへ行くのだろうか。然るべきところに使ってくれるのだろうか。教育費は。日本で美術館や博物館への入館料が無料になったりする日はくるのだろうか。西洋古典学の行く末は。

 多くの人々が西洋古典学に触れる機会が増えることを祈りながら、彼女達のひたむきで地道な作業は今日も地下で続いている、まだ日の目を見ていない古代の遺物を世に出すために。

World Museum Liverpool: http://www.liverpoolmuseums.org.uk/wml/index.aspx

西塔由貴子 (Yukiko SAITO)
Honorary Fellow, University of Liverpool / 京都精華大学