Q&Aコーナー

質問

ヘシオドス作とされる「THE PRECEPTS OF CHIRON」についてお聞きしたいです。

 Evelyn-Whiteの『Hesiod, the Homeric hymns and Homerica』ではFragment1~4まであるようですが、それぞれのFragmentの出典元とされるピュティア祝勝歌やモラリア等を確認しても、同じ文章を探すことはできませんでした。『Hesiodi carmina』でも出典表記自体は同じようです(文章はほとんど読めないので内容は分かりませんが…)

 このように引用先と出典元の記載が違う場合、どのような意図でそうなっていると考えられるでしょうか。

 また中務先生訳の『ヘシオドス 全作品』では項目は4つではなく3つになっており、内容も出典元の文章を採用されているのではと推測しています。どれが正しい、というのは難しいこととは思いますが、この断片についてどう考えたら良いでしょうか。

どうぞよろしくお願いいたします。

(質問者:高橋 様)

回答

 ご質問、有難うございました。

 テクストにより断片の数が異なるのは、どの断片までをヘシオドスのものと認定するか、編者によって考えが異なるからです。「ケイロンの教え」について代表的なテクストの扱いを見ますと(番号・典拠・内容の順に略記します):

Rzach, Hesiodvs Carmina. Teubner, 1958

170 ピンダロス『ピュティア祝勝歌』6. 22への古註。「いざ、これから述べる一つ一つを、思慮
  深い胸でしっかりと/思量せよ。・・」という3行の詩。
171 プルタルコス『神託の衰微について』415C他。嘴細鴉の寿命は人間の9世代分、鹿はその4
  倍、大烏はその3倍、フェニックスはその9倍、ニュンフはその10倍。
172 プリュニコス『アッティカ語法精選』64 (Fischer)。ἠπητής(修繕人), ἠπήσασθαι(修繕する)
  について。
173 クインティリアヌス『弁論家の教育』1.1.15。7歳未満の子に文字を教えるべきでないこと。

Evelyn-White, Hesiod, the Homeric hymns and Homerica. Loeb, 1936

1 ピンダロス『ピュティア祝勝歌』6. 22への古註。
2 プルタルコス『ストア派の自己矛盾について』1034E。「両者の言い分を聞かぬうちは判決を
  下してはならない」
3 プルタルコス『神託の衰微について』415C。
4 クインティリアヌス『弁論家の教育』1.1.15。

Merkelbach – West, Hesiodi Fragmenta Selecta. OCT, 1990

283 ピンダロス『ピュティア祝勝歌』6. 22への古註。
284 プリュニコス『アッティカ語法精選』64 (Fischer)。
285 クインティリアヌス『弁論家の教育』1.1.15。

Most, Hesiod, The Shield, Catalogue of Women, Other Fragments. Loeb 2007

218 ピンダロス『ピュティア祝勝歌』6. 22への古註。
219 プリュニコス『アッティカ語法精選』64 (Fischer)。
220 クインティリアヌス『弁論家の教育』1.1.15。

 Rzach, 171=Evelyn-White, 3はプルタルコスの他、実にたくさんの作家が言及する内容です。Evelyn-White, 2の「両者の言い分を聞かぬうちは判決を下してはならない」について、『ストア派の自己矛盾について』訳者の戸塚七郎先生は「偽ポキュリデス、断片87(Poetae Lyrici Graeci. Bergk)」を挙げておられます。この句は他にプラトン『デモドコス』383Cにも見える諺のようなもの。この二つの断片をヘシオドスのものとするには証拠が足りないようで、今日ではヘシオドス断片から省かれています。

 尚、ピュティア祝勝歌を確認したが問題の文章が見当たらなかったとのことですが、「ピュティア祝勝歌」に対するスコリア(古註)に見えます。

(回答:中務哲郎)

2018/10/08