Q&Aコーナー

質問

 はじめまして。以前からホメロスやプラトンが触れている、双子の巨人アロアダイに関心があります。

 パウサニアスによりますと、アロアダイはボイオティア地方ではヘリコン山のムーサイ祭祀の創設、およびヘシオドスにゆかりのあるアスクレの創建者とあり、ヘシオドスとのかかわりが深いように見受けられます。後者については単にムーサイ祭祀からアスクレと結び付けられただけかもしれませんが、普通、アロアダイは神々に対する反抗者とされ、伝承圏もボイオティア地方よりテッサリア地方・ナクソス島がふさわしいと思われ、またそもそも怪物的な膂力の持ち主とされているアロアダイが、一方ではヘリコン山でムーサイ祭祀を創設したとされることに奇妙なものを感じます。

 ボイオティア地方におけるアロアダイの伝承形成について、何か参考になりそうなもの(神話伝承・研究書・論文など)がありましたら、些細なことでも良いので教えてくださると幸いです。

(質問者:zerase 様)

回答

 ご質問有難うございました。

 オリュンポスの神々に対する反逆者(『イリアス』5. 385以下、『オデュッセイア』11. 305以下)として描かれる一方、アスクラを建設しムーサイの祭祀を創始したと伝えられるなど(パウサニアス『ギリシア案内記』9. 22. 6、9. 29. 1-2)、Ἀλωάδαι(ὮτοςとἘφιάλτης)の性格には確かに相反するようなところがあります。これについて、手許にある神話学書の中では H. J. Rose, A Handbook of Greek Mythology, London 1958 (1928), 60 ff. が比較的詳しく解説しています。

 この兄弟がナクソス島で英雄として崇拝され、オトスはクレタに葬られたとも伝えられるのは、彼らが元神格であったことを思わせる。母親のイピメデイアもカリア地方のミュラサで崇拝されていたが(Paus. 10. 28. 8)、そもそも彼女の名前(Mighty Queenの意味)が大地母神Great Motherを思わせる。イピメデイアの娘Pankratis (Pankratō) もディオニュソスの乳母とされ、ディオニュソス崇拝、およびAphrodītē AriadnēとしてのGreat Motherの崇拝も盛んなナクソス島との結びつきは強い。元トラキアにいた彼らがナクソス島に住み着くことになる経過は、シケリアのディオドロス(『世界史』5. 50. 1以下)が詳しく記しています。

 アロアダイは巨大な体軀を持つこと、神々に反逆すること、等でフルリ=ヒッタイト神話のウルリクンミUllikummiとの共通点を指摘されますが(G. S. Kirk, The Iliad. A Commentary Vol. II, M. L. West, The East Face of Helicon)、ギリシア神話の中ではἀλωή(脱穀場、穀物畑:アローアダイ)、ὠθέω(押す、穀物を踏む?:オートス)、ἐφιάλλομαι(葡萄を搾る:エピアルテース)などと語源的に関連づけられもします(Roscher Lexicon, Pauly-Wissowa etc. のAloadai項。語源説には無理がありそう)。やはり大地や農耕との関連があり、そこから急速な成長も説明されます。

 と、このようなもどかしい回答でお茶を濁そうかと思っていると、平山晃司さんがAloadaiに関する論文を3篇教えて下さいました。その中、特に有益と思われるのは学術誌Antike und Abendlandに掲載された論文で、そのタイトルとサマリーを紹介いたします。(これは電子化されているそうです)

Alex Hardie, The Aloades on Helicon : music, territory and cosmic order. A&A 52 (2006) 42-71.

Pausanias (9, 29, 1-4) preserves a unique account of the worship of the Muses on Mount Helicon. The sons of Aloeus (Otus and Ephialtes), he says, co-founded Ascra and were first to designate Mount Helicon as sacred to the Muses ; they instituted sacrifices and honoured three Muses named Melete, Mneme and Aoide ; then a Macedonian, Pieros, came to Thespiae, changed the names, and established the canonical cult of nine. These elements of the myth are not the product of a single act of ideological construction and retrojection. Rather they emerged piecemeal over a long period of time, starting in the Dark Ages and extending to the fourth century. Within the Aloades, their quintessential association with landscape, territory and growth, and also their cultic activity on Helicon, we may recognise an early precursor of what later developed into a mature identification of music and territory.

(回答者:T. N.)